包み隠さず精神科

現役精神科医が精神医療の内情を、包み隠さず話します

病院へ連れていけない認知症をどうするか

認知症で最もメジャーなものはアルツハイマー認知症だろう。典型的には70歳ごろからゆっくりと物忘れが進行していき、性格変化が加わることもある。次第にものの認識も難しくなっていき、トイレへ自分で行けなかったり、食べ物を食べ物と認識できなくなったりしてしまう恐ろしい病気だ。
いくつか認知症の薬が出てはいるものの、治療できるといえるほどのものではないのが残念なところだ。

さてこの認知症だが、物忘れだけならば町医者や神経内科の受診で事足りることが多い。精神科へ受診したいとなれば、おそらく困っているのは「認知症周辺症状」だろう。


財布を盗まれた、泥棒が入った、などの物盗られを始めとした妄想、夜間不眠や徘徊など、周りを巻き込んだ困った行動。これらをまとめて認知症周辺症状と呼ぶ。
夜中に大声で叫んだり、近所の家に刀を持って押しかけたりする事もある。近隣住人からなんとかしろと責められ、度々警察のお世話になり、病院へ連れて行こうとしても頑なに嫌がり、とてもじゃないが連れていけない。一体どうしたらいいんだと家族は途方に暮れていく。


こういった、病院に連れていけない認知症をどうしたらいいだろうか。
ゴールは病院へ連れて行くことになる。病院といっても小さなクリニックでは難しいだろう。何度も病院へ連れて行くのは負担が大きい。入院設備、特に閉鎖病棟のある大きめの病院へ連れていきたい。



地域包括支援センターに間に入ってもらう
まずはここからはじめよう。残念ながら支援員には多くの権限はなく、嫌がる人を無理やり連れていくような力はない。しかしまずは相談先を作る事が大切だ。相談しただけで解決するわけではないが、たとえば病院へ受診するとき、支援員の発言が入院の後押しになる事もある。現状をしっかり見ておいてもらい、密に連携をとろう。

②病院と連携しよう
本人は連れて行けずとも、大きな病院ならば家族相談という形で家族のみの受診を受け入れている事が多い。受診の目的は、入院へのパイプを作る事だ。この家族だけの相談の場合、本人をどうにかしてもらう目的で行くわけではない。対応を相談したい、というスタンスが良いだろう。家族のみで受診して、状況を伝えよう。「入院させてほしい」ではなく、「入院しないと家では過ごせないかもしれない」という言い方にすると好印象だ。家族の中には、大した症状でなくとも厄介払いで入院をさせたがる人たちがいる。もちろんこれを読んでいるあなたはそうではないかもしれないが、病院サイドからするとその見分けがつかないのだ。そのため、やけに入院を推してくる家族にはつい警戒してしまう。入院だけさせてその後はほとんど連絡も取れず、現代の姥捨て山として病院を使うつもりではあるまいな、と怪しんでしまうのだ。入院をあまり強く推しすぎないのが良いだろう。
相談を何度かして病院と関係性が出来てきたら、「なんとか連れてくるので入院をさせてほしい」という旨を伝えよう。おそらく返事は、「診察しないと確約は出来ない」だろう。それで構わない。以下の③や④をすれば、入院になるぐらいの症状は見せてくれるだろうから。

③騙して連れて行く
さて、病院に受診させることを伝えた後、多くの家族がとる方法がこれだ。腰を見てもらいましょうとか、少し検査しましょう、なんて話をする。時には買い物へ行くといって連れてきたりする家族もいる。しかしこれはあまりおススメではない。
せめて診察室に入ってから、本人のいる前で困っていることをきちんと伝えてくれるならばまだしも、この策をとる家族の多くはトラブルを避けるため、患者の前では症状を言ってくれない。波風立てぬようとてもマイルドに表現して、アイコンタクトやジェスチャーでこちらに悟らせようとしてくる。
このとき、患者からみるとどう見えるだろうか。とくにだれも困っていないのに、そして自分だって落ち着いて話をしているのに、腰を見てもらおうと思ったら突然医者が「良く分からないけどあなたは大暴れしそうだから入院にします。家族の同意もないですが、もう入院です」なんて話になるわけだ。これは人権の問題を考えて、病院は出来ない。そうしてほしい家族の気持ちは分かるが、絶対に不可能だ。我々病院サイドには、精神保健福祉法という法律があり、人権に配慮しない入院は出来ないことになっている。
残念ながら家族だけ無傷の入院は出来ないのだ。③を選ぶならば、せめて診察室では本人を怒らせるぐらいのつもりで受診したい。目の前で怒りだせば、こちらも入院の話をすすめやすい。

④とっつかまえて連れていく
男手を確保できるならば、これが最もお勧めだ。「もう家では過ごせないから連れていきます」と本人に宣言して、両脇を抱えて車に乗せて連れてくる。そうすれば受診の日にちや時間が調整がしやすく、ベッドの空きもあらかじめ作れるため入院できる可能性がずっと高くなる。
もちろん受診の段階では大きく揉めるだろうが、「正直に理由を話して連れていく」というのは後々信頼関係という面で大きなアドバンテージとなる。認知症で忘れてしまえば関係ないが、③を行ってあとで覚えていた場合、家族の言葉は信用度がぐっと落ちる。意外と悪いことは覚えていたりするものだ。しかし③ならば、その後の立て直しをはかりやすいのだ。本人のためを思っての行動であり、隠す必要はないと私は思う。

⑤警察に頼む
③も④も難しいならこれだ。ただし警察は簡単には動いてくれず、難易度は高い
まずは何度か警察にお世話になることを繰り返そう。出来れば近所の人ともめてもらって、昼夜を問わずなんどか警察騒動になってもらうところからだ。そうすると段々警察も疲れてくる。もちろん家族はそれ以上に疲れてくるけれど。
その間に予め病院と相談できていればベターだ。「次に警察にお世話になったら、連れてきてもらうのでお願いします」なんて話を通しておこう。
そしていよいよ本人が暴れだし、何度目かの警察介入となったときがチャンスだ。しっかり暴れてくれていれば、警察は病院へ連れて行くことができる。23条通報といって、他害の恐れのある人を病院へ連れていける制度もある(これを使うかどうかは警察の判断に委ねよう)。
「何度も病院へ連れて行こうとトライしているが認知症のため必要性が本人は理解できず叶わない。病院とは連携をとっていて、警察沙汰になったら連れてきてよいと言われている。なんとか病院受診を手伝ってもらえないだろうか」この流れで、親切な警察官ならば病院へ連絡をとってくれる。一度目であきらめず、警察が疲れるまで何度も介入してもらおう。
このように、幾度となく警察のお世話になって初めてつながる道であるため、難易度は非常に高い。可能な限り、人手を集めて④にするのがおススメだ。

⑥ほかの人に受診を勧めてもらう
これは可能性は薄い話だが、本人の信頼している人に病院受診を勧めてもらう、という形で受診につながった人もいる。その人は近所の内科の医師の事だけは信頼していた。そこで家族からその内科医師に話をして、「〇〇病院へ行って物忘れの検査をしてもらいなさい」とすすめてもらったのだ。それで実際に私の勤務する精神科病院へ受診をし、検査をした。ここまでで誰も嘘をついてはおらず、信頼関係が崩れるほどの出来事は起こらない。そして、精神科医から「家族からも話を聞きましたが、物忘れが強いようなので、一度入院してしっかり検査、治療をしましょう」なんて伝えれば、あとはたとえ嫌がって暴れようとも入院まで一直線だ。なかなか信頼している人を探すのも大変だし、その人が協力してくれるかどうかも分からないが、一応この形での受診もあったので参考にしてもらいたい。


なにはともあれ、入院はベッドに空きがないと出来ない。時々家族は「床でも何でもいいからお願いします」なんて言ったりするけれど、保険診療をしている手前勝手にベッドを増やすことは出来ないのだ。「あらかじめ入院の筋を作ってから動く」。これが失敗のない道になる。

過呼吸はどうすればいいか

過呼吸とはなんだろうか。Wikipediaで調べるとこう書いてある


過呼吸(かこきゅう、英: Hyperpnea)とは、必要以上の換気活動をおこなうこと。 その結果として動脈血中の酸素分圧が上昇、炭酸ガス分圧が低下し1回換気量が増大する。 初期状態は低酸素症と似ており、程度が強くなると手足や唇の痺れや呼吸困難、頭のふらつき、息苦しさ、眠気、激しい耳鳴りや悪寒をきたす。


難しい事が書いてあるので頭がクラクラしてくる。ようは、息をしすぎて苦しくなる状態のことを言う。


いっぱい息をする二酸化炭素がめちゃくちゃ体から出ていく→脳が「二酸化炭素減りすぎたから呼吸数減らすね!」と司令を出す→息がしづらい!死ぬ!と感じて一生懸命息する→二酸化炭素が体から出ていく→(繰り返し)
この負のループにハマると過呼吸発作になるといわれている。
過呼吸になると鼻の先や手足が痺れてきて、身体がおかしくなっている実感が余計にパニックを引き起こす。



この恐ろしく苦しい過呼吸に一体どう対処すればいいのだろうか。
理由を考えれば対策は導き出せる。息をしすぎるから苦しくなるのだ。つまり、治すには「息をしなければいい」
なんて書くと簡単だが、人間として生まれたからには息をしないわけにもいかない。そもそも勝手に息をしてしまうのが症状なのだから困ったものだ。


どう調べても出てくる事だが、まずは安心するところから始めよう。人は緊張したり不安に思うと呼吸が早くなる。戦闘態勢になると呼吸が早くなるのだ。早い呼吸は二酸化炭素が減ってしまうので嬉しくない。
頭にしっかりと言い聞かせよう。過呼吸で死ぬことはないし、止まらない過呼吸はない

過呼吸若い女性に多い。過呼吸は若さの証明だ。
「どうして私だけこんなに苦しまないといけないのか」なんて神を恨んだりもするけれど、実は全然私だけではない。あなたよりもっと若い小学生なんて、だいたいみんな過呼吸になっている。お母さんに怒られて大泣きしたあと、しゃくりあげている子供を見たことがないだろうか。
「おかっ…あさっ…!!ごべっっ…んなっっ!さいッ…!!」なんて涙を拭いながら喋っているあれ。あれこそが過呼吸だ。そのまま死んでいった友達を見たことがあるだろうか。
小さい頃泣きじゃくって、そのあとどうなったか思い出してほしい。
時間がたって、お母さんが許してくれて、他のことに気が散って、気付いたら治まっていてケロッと忘れているこれが理想的な治し方だ。
わざわざ薬を飲む必要はないし、ましてや救急車を呼ぶ必要なんて全く無い。

大切なのは、安心することだ。過呼吸が起こったとき周りの人が「やばいやばい!どうしう!いやこれやばいな!!!死ぬかも!救急車よんだほうがいいかな!!ちょっと人呼んできて!!!」なんて慌てふためいていたらどうだろうか。過呼吸が起こってなくても心配になって、こっちまで落ち着かなくなりそうだ。
こんなふうに、自分で自分をまくし立てていたりしないだろうか

理想的なのはお母さんが包み込むような安心感だ。「どうしたの?大丈夫、もう怒ってないよ。心配いらないよ。」こんな声かけで、子供の過呼吸はおさまっていく。
周りの人もさることながら、一番身近な自分がそう声掛けしてあげられたら、過呼吸は早く落ち着いてくることだろう。間違っても「早く治って!!まだなの!!くるしい!!はやく!!どうして!!!!」なんて囃し立てないようにしたいところだ。その声掛けで人は落ち着かない。


過呼吸中何が起こっているか。過呼吸なんていうが、実際よく観察してみると、過吸になっていることがわかる。泣いている子供はふーふー言わない。ひっくひっくと吸い込んでいるのだ。
過呼吸は多く吸い込んだしまうので、吐き出すことを意識したい。なるべくしっかり、肺の空気を全部吐き出すイメージで。途中で勝手に吸ってくれるのでなにも心配はいらない。こっちとしては息を吐くことに集中しよう。死ぬことはないし、手のしびれだって二酸化炭素がふえれば直ってくるから大丈夫。

お母さんのように大丈夫と声掛けしながら、ゆっくり息を吐ききるよう意識する。この2つが早く落ち着くコツである。

医学部に受かる勉強法

モチベーションにコストをかけろ

私は市営住宅生まれの市営住宅育ちで、お世辞にもお金を持っているとは言い難い家で生まれ育った。お金が無いので大学では奨学金をMAX10万円で6年間借りていて、それでも足りず授業料も何度か滞納したこともあるぐらいだ。
そんな家に生まれた私だが、受験生の時は毎日500円を握りしめて駅前のタリーズコーヒーへ足繁く通っていた。当時の私には毎日500円というのはとても高額な値段だったが、躊躇うことなく毎日通った。なにしろ家では勉強に集中出来ないからだ。図書館へ通ったりする友人もいたが、私は喫茶店派だった。「500円で3時間勉強できるなら安い」が持論だった。

最近パソコンのゲームはsteamやepicなんてサイトでまとめて売られている事が多い。それらのサイトではよく無料でゲームを配ってくれる。この年末年始もepicが山ほど無料配布をしてくれていて、一応全部手に入れてみる。しかし、こういった無料で配られたゲームは、なかなか手につかない。いわゆる積みゲーになってしまう。勉強と同じなのだ。金を払うから、やる気が出る

むかしこんな話を聞いたことがある。①栄養ドリンク②安売りの栄養ドリンク③飲まない の3群でテストをしたところ、①③は同等の結果となったが、②は他よりも低い点数だった、というものだ。金を払ったかどうかというのは、プラセボとして大いに関係してくる。

500円で3時間勉強できるなら安い。是非この感覚を持っていてほしい。「勉強する気になる」というのは、何にも代えがたい大切なものだ。そのためなら多少のコストは惜しむべきではないと思う。

 

・まずは教科書を一から読め

私は一浪している。現役の時の偏差値は60ぐらいだったと思う。一浪してから時間があったので、数学の教科書を一から読み込むことにしてみた。やり始めた当初は時間の無駄に思えたがともかく、一年生の教科書から順に読み込んでいった。驚くべきことに、偏差値60でも教科書の中で理解できていない部分がいくつもあった。数学は得意だと豪語していたにも関わらずだ。
すべての問題は、教科書の上に成り立っている。最低限教科書が理解できていないと、絶対に解けない。医学部を目指すなら、一問たりとも落とすわけにはいかない。まずは教科書を一からしっかり読み込んで、自分が理解していない部分を洗い出すといい。かけた時間以上に効果がある。

 

・過去問をやり込め

教科書を読んでいる時間が無い?じゃあ仕方がないので、残った時間は全部過去問に費やそう。「やりこむ」というのは、解いて答え合わせをしてお終いではない。そのあと復習をしてもまだ終わらない。もう一度まったく同じテストを、一から全部解きなおせ。答えを覚えていてもいいからとにかく、ちゃんと計算して一から解きなおせ。解きなおしたら96点だった?残念、もう一度。100点が取れるまで、永遠に繰り返すのだ

この方法は特にセンター試験で有効だ。5年分も100点がとれるように解きなおしていけば、8割は取れるようになっているだろう。

医者になって、学生の問題を作る機会が時々あるようになった。問題を作る立場になれば分かるのだが、とにかくメンドクサイ。テストを作るのがメインの仕事の人なんていないのだ。ほかの仕事をしながら、片手間で作らないといけない。さらに、若者がどれぐらい理解できているのかも分からない。解けない問題を出すわけにもいかないし、かといって簡単すぎる問題を出すわけにもいかないし。一から作るのは面倒だし、間違いがあったら大変だし。その結果、過去問を参考に似たような問題を作る事になるのだ。2次試験ならまだしも、とんでもない人数が受けるセンター試験で、無茶な問題を作るわけにはいかないのだから、ほとんどの問題は過去問の焼き直しになる。

騙されたと思って、過去問を満点がとれるまで繰り返すといい。答えを導き出す過程までちゃんと考えるんだぞ、ズルするなよ。そうしたら、驚くほど点数が上がるだろう。

 

 

数を解くのも大事だし、見たことが無い問題をとくのも大事だが、一度見た問題を解けるようにする事のほうが、もっと大事だ。同じ問題なら必ず解ける状態を目指したい。

ちなみにここで、医学部と東大で違いが出てくるように思う。医学部はすべての科目を満遍なく解ける状態が望まれる。センター試験の配分が多い学校は特にそうだろう。「苦手がない」事が必要だ。一方で東大になると、「突出した得意」が求められる。東大を目指すなら、私がいった方法よりも、良いやり方があるだろうなと思う。

10代の「死にたい」をどうするか

通院中の10代患者の母親から、こんな電話がかかってくる。

「娘が遺書を書いていて、もう死ぬと電話をしてきたんです。一体どうしたらいいですか」

また別の若い患者は、診察室でこう言う。

「最近死にたいしか考えられないんです。どうやって死のうかばかり考えます。」

 

ふとツイッターを見てみると、「死にたい」「死のうと思う」なんて言葉が溢れていて、その下にはフォロワーたちの励ましの言葉が溢れていて。
こういった若い人たちの「死にたい」に、周囲はどう反応するのが良いのだろうか。

 

 

とても難しいのだが、まず見極めが大切だ。この「死にたい」は本当に切迫していて死ぬ他に手がないという意味での死にたいなのか、はたまた死にたいぐらい困っていて助けて!の意味の死にたいなのか。

精神科医としては、まずうつ病をはじめとした疾患が隠れていないかをよく観察する。死にたい以外に不眠や食欲減退、意欲低下、活動力の低下などが伴っていないか。今この瞬間ではなく、ここ数週間を振り返ってみてほしい。ここ数週間常に悲哀感が溢れていて、意欲も集中力も落ちているようならば、うつ病が隠れている可能性がある。その「死にたい」は要注意であり、ただちに病院の受診が必要だろう。

一方で、今はとても元気がないけれど、普段は普通に楽しくふるまっている時もあるし、友達ともよく遊んで電話をして、活動的。家族に対して喧嘩腰ではあるけれど、けしてエネルギーが枯渇しているわけではなさそう、というのであればそれはうつ病とは違うかもしれない。(うつ病とは違うが「死ぬことは無い」という意味ではないので注意)

 

 うつ病の場合は、適切な治療が必要だ。病院受診からはじめよう。
しかし多くの若い人たちは、表現型系こそ「死にたい」だが、うつ病のそれとは違う事が多い。

 

 

小さい子が喧嘩している時に、「もう〇〇ちゃんとは一生口きかない!!」なんて言う姿を目にしたことがある。10代の死にたいは、その延長線ととらえてあげると分かりやすいかもしれない。

涙を流して絶好宣言をしたその5分後にはそんな言葉は忘れていて、楽しくまた遊びだす。もしかしたら1時間ぐらい喧嘩は続くかもしれないが、結局次の日にはまた遊びだす。
このとき、もう口をきかないといったその子は嘘をついたのかというと、そうではない。喧嘩をしている時は本当に、一生口をきかない覚悟をしている。それぐらい辛い気持ちで、永遠に遊びたく無いと思った気持に嘘はない。
どうせすぐ仲直りするからと軽んじるべきではないのだ。それはその子にとって最上級の怒りのセリフであり、その気持ちはくみ取ってあげる必要がある

 

若い人からの「死にたい」は、これと似たような雰囲気を感じる。今その瞬間、辛さや悲しさは極限まで高まっており、決して無視をしてよいわけではない。いつも言っているからと軽んじてしまうことは避けなければいけない。本当に死にたいほど辛いのであって、嘘をついているわけではないのだ。
しかしその気持ちは長くは持続しない。人の感情は本来ずっとは続かない。どんなに面白い漫才を見ても数分すれば笑いはおさまるし、悲しい映画だって30分も経てば忘れ去ってその日の晩御飯を考え出す。病的な希死念慮との違いはここだ。病的な希死念慮は治療が終わらない限り続く。しかし若い人の「死にたい」は永遠には続かないので、さっきまで「死にたい」だったのが、ころっと変わっていたりする。

繰り返す「死にたい」に家族は振り回され疲弊していき、病院で相談をする。一体どうしたらいいですか、と。

話は戻って、思い出してほしい。「もう口きかない!」と子供が言ったとき、どうしただろうか。「口を利かないなんてダメです!」と叱っただろうか。それとも「一生口を利かないなんて言うんです。もううちの子はダメです・・・」と絶望しただろうか。
「死にたい」や「口きかない」「一生遊ばない」の字義通りの意味は、それほど重要ではないのだ。その言葉の後ろに隠れている、そう思うに至った経緯こそが大切だ。どうして「死にたい」と思うようになったのか。なにが起こっていて生きづらいのか。どうなれば状況は改善するのか。

どうしたの?ときいてみても、まともな回答は帰ってこないかもしれない。はじめはそんなものだ。「もう一生口きかない!」といった子供だって、その直後に理由をきいたところで泣いて話せなかったり、怒りがこっちにまで飛んできたり。そんなものだろう。
それに合わせてこっちまで取り乱してしまうと、事態は余計に混乱してしまう。「どうしてお母さんにまで怒るの!!!もうお母さん生きていけない!!!」なんてなったら、状況は落ち着きようがないだろう。4歳や5歳の子供でもそうなのだから、もっと複雑になった10代20代の悩みは、簡単には解決できない

別にそれでよいのだ。「どうしたの?」「何か手伝えることはある?」何歳になろうと、そう聞いてあげればいい。話せるタイミングがきたら、理由を話してくれるかもしれない。話してくれないかもしれない。ともかく、「私はあなたのことを心配しているよ」「出来ることは手伝うよ」この2つのメッセージを根気強く発信し続けることが、大切だと私は思う。

 

医者は診察と診察の間に何してるの?

私がまだ子供だった頃。当時よく熱を出していた私は、度々かかりつけの内科クリニックを受診することがあった。

年配の方がずらっと並ぶ中、子供の自分が椅子を一つ占領するということに、なんだか少し小気味好い感覚すら覚えるほどだった。私がかかっていた内科クリニックは小さいながらもなかなかに人気な病院で、診察券を出してから呼ばれるまでに1時間で済めば早いぐらいだった。待っている間に置いてあるジャンプを読んでみるのだが、まだ幼くて漫画に馴染みもなく、ストーリーもあまり分からないので続かない。貼ってあるポスターを読んでみたり、少し子供っぽいかなと思いながら、ノンタンシリーズの絵本を読んだりして時間をつぶす。

そうして一時間ほど経って自分の番が近づくと、受付から自分の名前を呼ぶ声がする。はーい、と返事をすると、診察室前の廊下においてある椅子へ移動するよう指示される。言われた通り移動すると、自分より前に呼ばれた人が一人か二人すでに座っていて、残った最後の椅子へ腰を下ろす。ほどなくして、今ではめっきり見なくなったナースキャップを被った看護師が現れて、体温を測っておくようにと体温計を渡してくれる。当時は今ほどすぐに結果が出るような体温計ではなく、1,2分ほどわきの下に挟んだ後、ピピピピッ、と静かな廊下に音が響く。

そうこうしているうちに自分の前に座っていた人が呼ばれて診察室に吸い込まれ、少しの間母親と二人きりで時を待つ。廊下が静かなものだから、それにつられてひそひそ声で雑談をしたのもいい思い出だ。数分後、前の人が診察室からのっそりと出てきた後、さあ自分の番だと耳を澄まして呼ばれるのを待つのだが、待てど暮らせど名前が呼ばれない。

 

こんな経験をしたことはないだろうか。前の人は出て行ったのに、どうしてすぐに呼ばれないんだと、子供心に憤っていたおぼえがある。

 

今こうして医者になって分かるのは、結構忙しいんだということだ。

・先に出ていった人のカルテを書く
診察しながら記載すれば早く済むのだが、キチンと表情や態度を見ながら診察することはとても大切な事なので、なかなか全部を診察中に書くのは難しい。

・薬の処方をする
昨今の電子カルテはちょっとしたことでエラーを吐き出すので時に時間がかかる。全く同じ日数で同じ薬を出すのなら良いのだが、少しでも変えようと思うと30秒から一分近く持っていかれることもザラだ。

・採血の結果を見る
たくさん並んだ数字を、間違えて読み飛ばしでもしたら大ごとだ。一つ一つ指でなぞりながら、異常値がないかを確認していく。検査の結果が悪かったりすると、次の対応を考えて指示を出して、と5分10分があっという間に消えていく。

・ほかの病院の電話
頻繁ではないが、他の病院から電話がかかってくることもある。患者からの電話は看護師に対応してもらうことが多いが、他の医者からの電話となるとそうもいかない。医者は医者と話すという暗黙のルールがあるのだ。かつ、失礼のないように丁寧に対応すべしという暗黙のルールもあり、応対に時間がかかる。

・あなたのカルテを見直す
特に久しぶりの受診の人なんかは、カルテを見直して何をしていたか思い出している。まるで覚えていましたと言わんばかりに会話をしているが、実はあんまり覚えていなかったりする。なにしろ毎日数十人診察しているのだ。しかも似たような病気を。カルテで見直さないと思い出せないことも多い。というか、カルテを見直しても誰だっけな、と思いながら見ている事すらある。
何をしていたか思い出せたときは、今日は何をしようかまで考える。言われるであろうパターンをいくつか想定し、どう対応しようかまで一通り検討して、ようやく名前を呼ぶのだ。

 

このように、診察と診察の間でも色々としている。ほかの医者から治療の相談を受けたりすることもあるし、入院患者の対応に関して病棟から電話鳴ったりもする。検査結果を待ちながら2人3人と続けてみたりもするし、マルチタスクが要求される仕事だなぁと、常々思う。

不登校への対応

結論から言うと、行きたくないところへは行かなくていい。なぜその結論に行きつくのかは、以下を読んでもらいたい。

 

不登校への対応は、年齢によって変わってくる。何が違うかというと、小中は義務教育であるという点だ。そもそも義務教育とはなんだろうか。

 

日本国憲法第26条第2項
すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負ふ。

 

これが義務教育の始まりだ。
保護者は子供に普通教育を受けさせる義務がある。憲法で決まっているのだからこればかりは仕方がない。行きたくない子供を叩いてでも学校へ行かせる他ない・・・本当にそうだろうか?

条文をよく読んでほしい。「普通教育をうけさせる義務」なのだ。「学校へ行かせる義務」ではない

ほんの一昔前まで、普通教育を受けさせる場はほとんど学校しかなかっただろう。まだ発達障害なんて言葉も認知されておらず、男子は全員丸刈りの時代だ。「周りと同一であること」が良しとされてきた時代、この憲法を遵守するためには学校へ行かす他なかっただろう。なんとなく、どんな手を使ってでも当然学校へ行かせるものだ、という風潮が世間に染みついていく。今までもそうしてきたから、これからもそうしていく。

しかし令和になった今、ふと周りを見回してほしい。世の中は随分と変わってきていて、髪を染めている人も随分と増えたし、職業も多様化していき、膝下以外許されなかったスカート丈だって、ものすごく短くなったかと思いきやそれすらも通り過ぎてまた長めが好まれる時代になってきている。画一的だった世界が、多様性を認める世界に変わってきているのだ。

 

全ての人が通いやすい場所

そんな場所がこの世にあるわけがない。アウトドア派もいればインドア派もいて、おしゃべりも無口も、真面目な人もズルい人も、とんでもない人数が一緒に暮らしているのだ。学校という枠に、一律全員を閉じ込めようというのが土台無理な話なわけで、今まで無理やりねじ込んできていた事がおかしかったのだ。

 

何を学ぶために学校へ行くのだろうか。

勉強?それなら塾や家庭教師、参考書を読むだけでも事足りるだろう。勉強も必要ではあるがが、他にも学校で学べることはあると思う。

・人との接し方
・多くの人とかかわって多様性を知る事
・保護者がいない場所でのトラブルへの対処

などなど、少し考えただけでも色々と浮かんでくる。このあたりを効率よく学ぶには学校は良い場所だろう。しかし人には、得意不得意がある。得意不得意の域を出て、能力的に出来ない事だってある。

目が見えない人に、良く見なさいとは言わない。耳が聞こえない人に、良く聴きなさいとも言わない。
コミュニケーションがうまく取れない人に、集団に馴染みなさいとは、言わないほうがいい。とっさの対処が出来ない人は、とっさの対処が出来ないと過ごせない場所へは、行かさないほうがいい。

不可能とまでは言わないが苦手な事がある場合、他のみんなと同じペースで学んでいくことは難しい。それがどんなに大切な事だったとしても、上達のペースには違いがある。幸いなことに今は学校もずいぶん相談に乗ってくれるし、フリースクールもあるし、病院で診断書をもらってくることも出来る時代なのだから、一つしか正解がない時代ではなくなっている。

学校の枠に入れない人を、わざわざ押し込む必要はない。その人にあった教育をしてあげることが、普通教育になると私は思う。

 

高校になると、話はさらに簡単だ。
もはや義務教育ですらないのだ。行きたくないなら行かなくていい。

良い高校へ行って、良い大学へ行って、一流企業に入る。これだけが正解だった時代では、もうない。勉強していれば正解、ではなくなっているのだ。
将来の夢はYoutuberなんて子供が言う事で親は頭を悩ませたりもするけれど。しかし、何度も言うが時代が変わってきているのだ。幸か不幸か、正解も不正解も、入り乱れている時代になってきているように思う。Youtuberが正解かもしれないし、まったく関係ない別の何かが正解かもしれないし、本当に分からない世界になってきている。

この正解の分からない時代においての最適解は、「したい事をする」ではないだろうか?ビルゲイツの親が、パソコンばっかりしてないで外で遊んできなさい!と注意する親だったら、世界は随分変わっていただろう。メッシの親が、ボール遊びばかりしないで勉強しなさい!と注意する親だったら、これまた世界が変わっていただろう。

 

その子供は何が楽しいか、何が得意か。常々言われる事だけど、出来ることを伸ばしてあげる事のほうが、学校に押し込めるよりも大切な教育ではないかと思う

家族に捨てられた精神患者たち

精神科病院の中には慢性期病棟というものがあって、なかなか退院できずに長い時間入院して過ごしている患者がいる。どれくらい長い時間かというと、「病院の創立からずっといます」なんて猛者が紛れていたりするぐらいだ。時間にして50年、60年になる。

私が現在勤務している病院は比較的新しい病院なので、最も長い人でも40年に満たないぐらいだろうか。とはいえ40年だ。人生のほとんどを入院して過ごしている事になる。

退院できない理由は様々だ。最も多い理由は病状が安定しないからだろう。こういった長期入院になる患者のほとんどは統合失調症を患っており、治療抵抗性で適切な治療をしても幻覚や妄想が抑えきれないのだ。最近でこそ早期治療を行えばまずまずコントロールできる病気になってきているが、当時は治療法も確立されておらず、未治療で増悪の一途を辿ってきた人も多い。幻覚妄想が体に染みついてしまい、取り切れないのだ。

 

そういった幻覚妄想で退院できない患者の中に紛れて、なぜ入院しているのか分からないぐらい落ち着いている人達が少なからずいる。薬の必要性を理解してきちんと飲んでいて、特にトラブルを起こすこともない。病棟内で交友関係も盛んに築いている。院内の売店はもちろん近くのスーパーすらも一人で行き、普通に買い物をして帰ってこれる。

カルテをさかのぼってみても(古いカルテは倉庫にしまわれており、ここ5年ほどしか簡単には遡れないのだが)、ただただ落ち着いて過ごす日々が書かれているのみで、精神症状はほとんど目立たないように見える。それではどうして退院していないのかというと、一つは本人に退院する気がないパターン。30年40年同じ場所に住んでいるのだから、もはやその人にとっては病院こそが家なのだ。しかしこのパターンの人は、時間をかけて環境を整えていけば帰れることもある。問題はもう一つのパターン、家族が拒否するパターンだ。

 

今私は、一人の患者を退院させたいと考えている(特定されないよういくつかフェイクを入れている)。その人はかれこれ40年ほど入院生活を続けており、もはや老人の年齢になっている。病棟内では非常に落ち着いて過ごしており、少し話をした程度では何の病気なのか見当もつかないぐらい普通の様相だ。彼は40年前まで住んでいた自分の持ち家を恋しく思っており、帰りたいと願っている。

最近主治医が私に変わり、せっかく病状が安定しているのだから退院の方向で動いてみようと思い、家族に連絡を試みた。残念ながら妻はすでに亡くなっていたのだが、遠方に住む娘の連絡先がカルテに記載してあった。家族は入院後ほとんど見舞いに来ておらず、関係性が良くない事は明らかだった。電話を何度かかけてみるがつながる事はなく、手紙で用件を伝えることにした。退院を希望している事、長い期間症状は落ち着いている事、できれば一度会って話をさせてほしい事、などを書いた。

しばらくのち、返事の手紙が返ってきた。そこにはこんなことが書いてあった。

 

「病院が困っていることは大変申し訳なく思います。しかし私には、その人が過去に行った行動の数々をどうしても許すことが出来ないのです。母にしてきた筆舌に尽くしがたい所業、家中に刻まれた日本刀や包丁の切り傷、私にしてきた暴力などが今も頭から離れません。その人の行動によって近隣の人たちから非難され、親戚一同からは縁を切られました。私と家族の人生は、その人によって壊されました。その人を家族として受け入れることが出来ません。こんなことを言うべきではないのは分かっているのですが、早く死んでほしいと願うばかりなのです。ご迷惑をおかけしてまことに申し訳ありませんが、私がその人にしてあげられることは何もありません。どうかこのまま縁を切って過ごすことをお許しください。」

 

彼はまだ若かったころ、幻覚妄想に操られて激しい症状に見舞われていた。とても幸運なことに薬物療法が奏功し、幻覚妄想は少なくとも表面には出てこないようになった。しかし彼の病気は彼のみならず、家族にも深く傷跡を残していた。

手紙を出すまでは看護師やソーシャルワーカーと、「こんなに長い間見舞いに来ない家族には強く言ってやりましょう。家族なんだから最低限の面倒は見てもらうように伝えましょう!」などと意気込んでいたのだが、この手紙を読んでから、今後一体どうしたものかと困ってしまった。

退院自体は、法律上は家族の同意なく行うことが可能だ。しかし実際のところ家族のサポートなしに40年入院していた人が生活していくのは極めて難しい。ましてこの病気は薬を継続して飲まないと再発するのだ。誰かが薬の管理をしていく必要がある。

 

この人は治療を受けて、今となってはほとんど普通の人なのだが、周囲の人の中では入院前で時が止まっているのだ。家族のみならず、近隣住人の強い反対にあうことも少なくない。

 

私たち精神科医は、ようやく統合失調症を治すことが出来るようになってきたのだが、過去の傷跡を消すことが出来ない。

 

この手紙を読んで以後、家族に対してこれ以上何かをお願いする事は難しいと判断した。かといって、退院したい彼の希望を無碍にする事も出来ない。現在は成年後見人などの制度を利用していくかどうか検討中だが、このような患者と家族の間にある大きな溝をどうしたらいいのか、日々頭を悩ませている。