包み隠さず精神科

現役精神科医が精神医療の内情を、包み隠さず話します

家族に捨てられた精神患者たち

精神科病院の中には慢性期病棟というものがあって、なかなか退院できずに長い時間入院して過ごしている患者がいる。どれくらい長い時間かというと、「病院の創立からずっといます」なんて猛者が紛れていたりするぐらいだ。時間にして50年、60年になる。

私が現在勤務している病院は比較的新しい病院なので、最も長い人でも40年に満たないぐらいだろうか。とはいえ40年だ。人生のほとんどを入院して過ごしている事になる。

退院できない理由は様々だ。最も多い理由は病状が安定しないからだろう。こういった長期入院になる患者のほとんどは統合失調症を患っており、治療抵抗性で適切な治療をしても幻覚や妄想が抑えきれないのだ。最近でこそ早期治療を行えばまずまずコントロールできる病気になってきているが、当時は治療法も確立されておらず、未治療で増悪の一途を辿ってきた人も多い。幻覚妄想が体に染みついてしまい、取り切れないのだ。

 

そういった幻覚妄想で退院できない患者の中に紛れて、なぜ入院しているのか分からないぐらい落ち着いている人達が少なからずいる。薬の必要性を理解してきちんと飲んでいて、特にトラブルを起こすこともない。病棟内で交友関係も盛んに築いている。院内の売店はもちろん近くのスーパーすらも一人で行き、普通に買い物をして帰ってこれる。

カルテをさかのぼってみても(古いカルテは倉庫にしまわれており、ここ5年ほどしか簡単には遡れないのだが)、ただただ落ち着いて過ごす日々が書かれているのみで、精神症状はほとんど目立たないように見える。それではどうして退院していないのかというと、一つは本人に退院する気がないパターン。30年40年同じ場所に住んでいるのだから、もはやその人にとっては病院こそが家なのだ。しかしこのパターンの人は、時間をかけて環境を整えていけば帰れることもある。問題はもう一つのパターン、家族が拒否するパターンだ。

 

今私は、一人の患者を退院させたいと考えている(特定されないよういくつかフェイクを入れている)。その人はかれこれ40年ほど入院生活を続けており、もはや老人の年齢になっている。病棟内では非常に落ち着いて過ごしており、少し話をした程度では何の病気なのか見当もつかないぐらい普通の様相だ。彼は40年前まで住んでいた自分の持ち家を恋しく思っており、帰りたいと願っている。

最近主治医が私に変わり、せっかく病状が安定しているのだから退院の方向で動いてみようと思い、家族に連絡を試みた。残念ながら妻はすでに亡くなっていたのだが、遠方に住む娘の連絡先がカルテに記載してあった。家族は入院後ほとんど見舞いに来ておらず、関係性が良くない事は明らかだった。電話を何度かかけてみるがつながる事はなく、手紙で用件を伝えることにした。退院を希望している事、長い期間症状は落ち着いている事、できれば一度会って話をさせてほしい事、などを書いた。

しばらくのち、返事の手紙が返ってきた。そこにはこんなことが書いてあった。

 

「病院が困っていることは大変申し訳なく思います。しかし私には、その人が過去に行った行動の数々をどうしても許すことが出来ないのです。母にしてきた筆舌に尽くしがたい所業、家中に刻まれた日本刀や包丁の切り傷、私にしてきた暴力などが今も頭から離れません。その人の行動によって近隣の人たちから非難され、親戚一同からは縁を切られました。私と家族の人生は、その人によって壊されました。その人を家族として受け入れることが出来ません。こんなことを言うべきではないのは分かっているのですが、早く死んでほしいと願うばかりなのです。ご迷惑をおかけしてまことに申し訳ありませんが、私がその人にしてあげられることは何もありません。どうかこのまま縁を切って過ごすことをお許しください。」

 

彼はまだ若かったころ、幻覚妄想に操られて激しい症状に見舞われていた。とても幸運なことに薬物療法が奏功し、幻覚妄想は少なくとも表面には出てこないようになった。しかし彼の病気は彼のみならず、家族にも深く傷跡を残していた。

手紙を出すまでは看護師やソーシャルワーカーと、「こんなに長い間見舞いに来ない家族には強く言ってやりましょう。家族なんだから最低限の面倒は見てもらうように伝えましょう!」などと意気込んでいたのだが、この手紙を読んでから、今後一体どうしたものかと困ってしまった。

退院自体は、法律上は家族の同意なく行うことが可能だ。しかし実際のところ家族のサポートなしに40年入院していた人が生活していくのは極めて難しい。ましてこの病気は薬を継続して飲まないと再発するのだ。誰かが薬の管理をしていく必要がある。

 

この人は治療を受けて、今となってはほとんど普通の人なのだが、周囲の人の中では入院前で時が止まっているのだ。家族のみならず、近隣住人の強い反対にあうことも少なくない。

 

私たち精神科医は、ようやく統合失調症を治すことが出来るようになってきたのだが、過去の傷跡を消すことが出来ない。

 

この手紙を読んで以後、家族に対してこれ以上何かをお願いする事は難しいと判断した。かといって、退院したい彼の希望を無碍にする事も出来ない。現在は成年後見人などの制度を利用していくかどうか検討中だが、このような患者と家族の間にある大きな溝をどうしたらいいのか、日々頭を悩ませている。

医者が看護師に報告してもらいたい事 精神科ver.

医師に電話するとき、嫌な気持ちになりはしないだろうか。

もちろんそんな対応をする医師のほうに主な原因はあるのだが、そうは言っても医師をとって変えるわけにもいかない。そんな医師たちと付き合っていくために、こんなところを気を付けてもらえると・報告してもらえると嬉しいよ、というものを記載していこうと思う。

 

日常編

基本的に聞きたいのは

・入院したての人

全体的な様子を聞きたい。動かないとか、変なこと言っているとか、大声が出るとか。落ち着いていて普通です、なんかでも良いだろう。ひとまず観察して感じた精神症状や体調面を教えてもらえると助かる。とはいえ、入院したての人は医者側も気にしているので、こちらから「どんな感じ?」と聞くことも多いと思う。

・入院後しばらくした人

まず聞きたいのは2点。退院の邪魔になっている要素と、薬への反応だ。

ご飯が食べられないとか、夜ごそごそしているとか。何を治したらいいのかが明確になると助かる。そして薬の反応は、効果の面も知りたいし、副作用が出ていないかも重要だ。これに関しては普段から、治療に興味を持っていないと難しいかもしれない。今何を治療しているのか、飲んでいる薬はどんな副作用が出やすいのか。この辺りを把握していないと、観察が難しい。しかしこれらこそ、われわれ医師の知りたいところなのだ。

あとは無視できない要素が出てきたら報告をもらえると嬉しい。

便秘が続いている時、食事や水分が入っていないとき、夜眠れていないとき、暴力がみられるとき。この辺りが多いだろうか。特に食事が入っていないとか希死念慮など、命に関わる情報は毎日報告をもらっても良いぐらいだ。

 

当直編

当直の時は聞きたい情報が一転する。精神科単科病院の場合、200~500床ほどのベッドを医者一人で受け持つのだ。些細な報告はどうでも良くなる

たとえば熱が出ている報告。とても大切な情報だが、実は当直中はそんなに気にしていない。500床もあれば、熱が出ている人だけで10人20人いたりするわけだ。その全部の報告を聞いても、結局何も頭に残らない。

A「昨日まで熱が出ていなかったけど、今はかったら38度でした」

これはとても大切な情報だ。ぜひ報告してほしい。

B「2日前から肺炎で抗生剤が出ています。今日も39度でした」

これはいらない。

何が違うかというと、主治医が把握しているかどうか、これに尽きる。主治医が把握して対処している状態ならば、特に報告は無くて良い。主治医が把握しているかどうかをベースに考えると、上のBの報告も必要な時がある。たとえば前日までは37度台後半までしか出ていなかった時。この時は、39度台の発熱は主治医が把握していない変化なので、報告が欲しい。

当直の時は、精神状態の変化はそんなに気にしていない。どうせすぐにどうこうすることは出来ないのだから。精神面で必要な情報は、隔離や拘束が必要なほどの状態かどうか。行動制限せずにみれそうならば、報告は平日に主治医にしてもらえると助かる。

 

電話編

電話が塩対応の医者も多いだろう。なぜかというと、死ぬほどかかってくるからだ。もう段々イライラして、もうイライラを通り越して殺意を覚えるぐらいかかってくることもある。一つの病棟では1回だけでも、10個の病棟をまたにかけていれば回数は10倍になる。外来や外からの電話も含めたらそれほもう気が狂いそうなほどだ。

電話をするときに心にとどめていてほしいのは、精神科医は患者と話している可能性がある、ということだ。我々精神科医にとっての精神療法は、外科医でいう手術に匹敵する。大げさではなく、時に患者の生き死にを決めるレベルで話を掘り下げている。頭をフル回転し、診察室の空気までコントロールして治療にあたっている時に、「急ぎではないんですが~」なんて電話がかかってこようものなら大ごとだ。

まず第一に、急ぎでない電話は全く必要ない。適当に連絡ボードにでも要件を書いて置いておいてほしい。急ぎの中にも優先度がある。

 

生死が関わるレベル

これは何も考えずすぐに電話しよう。場合によっては全館放送をしてドクターコールをしても良いだろう。何も迷うことは無い。

直ちにではないが、早く対処しないとマズいレベル

これもPHSを鳴らしてもらって構わない。ただし、外来の時間じゃないかな?は確認してもらいたい。それ以外の時間ならば電話をかけよう

今日中には報告したいレベル、もしくは患者はいいのだがスタッフが困るヤツ

これは病棟に来ないならばいつかは電話をしないといけないのだが、思い立ってすぐにするのは控えてもらえると助かる。電話の向こうでは治療をしている可能性があるのだから。病棟へ医者が上がってくるのを待ってみて、もう無理これ以上待てない、という時間になったら電話してみよう。そうすることで、似たような報告もまとめてすることが出来るので、お互いに時間の無駄を減らせる。この時も外来の時間じゃないかをよくチェックしよう。

 

・お忙しいところすみませんは不要。○○病棟の△△ですの△△も不要。

 急ぎなら「急ぎの報告です」。そこまでではないなら「今いいですか?」など、端的に緊急度が伝わる第一声にしてもらえるだけで、助かる。自己紹介も私個人としては不要と考える。病棟と要件さえわかれば、あなたがどこの誰だろうとどうでも良い。

・なるべくまとめて報告しよう。

・病棟へ来てほしいなら、そう言おう。我々はなるべく移動する距離・時間が短くなるように動いているので、寄り道をしたくない。必要なら来てくれと言ってくれないと、回避しようとする習性がある。

・丁寧かどうかよりも、内容が整理されているかどうかが重要。

・どう頑張ってもイライラしている医者はいる。仏のような優しさの医者がイライラしている時もある。割り切ろう。

 

 

以上、医者からの一方的な見え方でした。

 

ルールは、後出ししてはいけない

人と人が生きていくうえで、ルールは大切だ。憲法からはじまってたわいのない口約束まで、ありとあらゆるルールが世の中にはある。

 

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 さて、ルールを作るうえで、気を付けたい事がある。上の記事にあるように「するほうも破ってはいけない」のが一つ。そしてもう一つ、「後出ししてはいけない」という事だ。

 

例を挙げよう。

中学校3年生の女の子。学校で友達とうまくいかず、沈んだ気持ちで過ごしている。中学1校年生の時からリストカットをはじめており、最近では頻度が増えて事あるごとにカミソリを握ってしまう。母親は強く心配しており、ある日とうとう病院へ連れていかれる。そこで母親はこういうわけた。

自傷行為が止まらないんです。どうしたらいいかわからない。もう家では診れません。入院させてください」

 

臨床の現場で度々目にする光景だ。こんな時私は、「入院は特効薬ではないんだ」という話をしたりして、ひとまず入院はせず場を収めることが多い。

さてこのシチュエーションで、女の子の視点に立つとどうだろうか。さぞ驚くことだろう。擬音でいうとキョトーンだ。なにしろ今までリストカットを何度もしており、許されてきたのだ。にもかかわらず、今日突然病院へ連れていかれ、「もう家では診きれません」と言われる。世界のルールが急に変わったのだ。「リストカットしてもみてくれる家族」から「リストカットをするとみきれない家族」に変わってしまった。

この弊害は何かというと、この女の子の中で地盤がゆがんでしまう事だ。今までOKだった事が、突然何の脈絡もなくNGになってしまう。

 

何の気なしに道を歩いていたら、急に落とし穴があってケガをした。それから先、道を安心して歩いていけるだろうか。落とし穴はないかとビクビクしてしまわないだろうか。

 

大げさだが、ルールを後からねじ込むことは、世界が信じられなくなるきっかけになり得る。

もちろん母親の視線から見れば全く突然ではなく、あたりまえでしょうと感じるだろう。しかし果たして本当に当たり前だろうか。事前に「次にリストカットをしたら病院へ行きます」であったり「もうそろそろ心配の限界です」といった予告を口にしていただろうか。態度だけでは伝わらないことが多い。

 

ルールはあらかじめ決めておくべきだ。あとから変えるのはズルいのだ。

・薬を飲まないと入院になります

・ご飯を食べないとおやつは無しです

・夜は9時までに帰ってきましょう

当たり前と思うようなルールでも、キチンと言葉にしてお互いに合意する癖をつけよう。あなたの当たり前は、その人の当たり前ではないのだから。

抗うつ薬の大雑把な使い分け

抗うつ薬のは数あれど、劇的な薬剤は昨今まだ出てきていない。

個人的にはエスケタミンが待ち遠しい。

 

さて、現在日本で販売されている抗うつ薬の大雑把な使い分けを記載しておく。そもそも現存する抗うつ薬は、効果の面でほとんど差異がない。臨床試験でもミルタザピンがほんの少しだけ効果が高いかも、という程度だったと記憶している。そのため言うほど大きな使い分けがあるわけではない。完全に主観的な話だ。

 

まず大きく分けで、SSRISNRI、NaSSA、その他

という分類になる

 

SSRI 不安の側面が強い時に使いがち

パロキセチン:古い。副作用強め。なんとなく効きはいい気がするので、多少副作用強めでもしっかり効かせたいときに。

フルボキサミン強迫性障害でよく使う。その流れで、なんとなく不安が強迫っぽいときに。

セルトラリン:イメージはthe・SSRI。スタンダードに抗うつ薬を使いたいときに。

エスシタロプラム:1錠から治療域に入るので使いやすい。ほかは漸増が必要なので面倒。1錠使って必要なら2錠にするだけなので簡便であり、自分的にはSSRIのファーストチョイス。

 

SNRI 

・デュロキセチン:身体表現性障害でよく使う。その流れで、痛みしびれなどを含む身体愁訴が多い時に使う。

ミルナシプラン:なぜか使ったことが無いので良く分からない。多分もう使うことは無いのだろう。

イフェクサー:容量も多めまで使えるので、SNRIではこいつがファーストチョイス。割と手広く使用。

 

・NaSSA

・ミルタザピン:眠気+食欲増を使いたいときに使用。難治性の時にデュロキセチンとあわせてカリフォルニアロケットをしてみたりもする。そんなに効かないけど。

 

・ボルチオキセチン:また発売されて半年しかたっていないので使用経験は多くないが、そんなに特徴がなさそう?エスシタロプラムと違って1錠では治療域に入らないのが残念。

 

・三環系・四環系など古い薬

古い薬なので副作用が目立つ。ファーストで使うことはまずない。

中でもまだ使うことがあるのは

クロミプラン(アナフラニール):点滴があるので口から薬が入れられないぐらい重度の時に出番

アモキサピン:妄想を伴ううつ病に唯一適応のある抗うつ薬。妄想があるときは抗精神病薬と新規抗うつ薬を組み合わせることが多いが、こいつも選択肢には入る。

 

 

約束は、する方も破ってはいけない

育児や教育の現場で良く目にする事だが、約束を破る人がいる。

 

たとえば宿題をなかなかしない子供にしびれを切らし、ついカッとなってこう言ったとしよう

「晩御飯までに宿題終わらせてなかったら、もう家から出て行ってもらいます!!」

それに対して子供は、気のない返事をは~いと返す。

この段階で、約束が成立する。もしここで子供が「いや、それは困ります」と反論した場合、約束はまだ成立していない。一方的に押し付ける条件は無効と考えてよいと思う。双方でもう少し条件を検討しあい、同意しあえる約束をしていくべきだ。

しかし「は~い」と曲がりなりにも返事をしたのならば、これは守らないといけない。子供のみならず、親もだ。

子供は当然宿題を終わらすべきだし、もし仮に子供がその後も遊び続けて宿題を終わらせなかったのなら、家から出て行ってもらうべきなのだ。

子供を放り出すなんて可哀そうだ、やりすぎだ、虐待だ。その通り。だからこれは、約束の内容自体が間違っている。約束をするならば、実行できる内容に限るべきだ。

 

小さな子が喧嘩をするとよく「〇〇ちゃんとはもう一生遊ばない!」なんて言い放つことがある。言われたほうも小さな子ならば泣きもするだろうが、大人から見るとなんとも微笑ましい。たいていの場合一時間もすると、二人は仲よく遊んでいるのだから。

しかしこれが社会に出て取引先の重役が相手だとどうだろうか。「おたくとはもう取引しない」。とてもではないが微笑んでいる場合ではないだろう。背筋も凍る思いだ。

 

なぜこの2つで差が出るのかというと、実行力の差に他ならない。「もう一生遊ばない」なんてことは無いだろうと分かるので、大人は微笑んでいられるのだ。しかし取引先の発言は、おそらく本当に実行される。だから笑っていられない。

 

些細な約束でも効力を発揮したいのならば、言ったことは守らなくてはいけない。ご飯をあげないと言えばあげてはいけないし、家から放り出すと言えば放り出さないといけない。そしてそんな事はすべきではないので、そもそもそんな発言をすべきではない。

お小遣いを減らすとか、ゲーム機を24時間使用禁止にするとか、達成できる条件にしよう。そして必ず、実行しよう。

約束は、提案した方も守らないといけない。提案した方が守るからこそ、された方も守るのだ。

「宿題するって言ったのにどうしてしてないの!!」なんて責めてはいけない。あなただって晩御飯をあげないといったのに、あげるのだから。

 

約束を破っているのは相手だろうか?それともあなただろうか?まずは自分から、約束を守るように意識しよう。

 

体調不良を訴えて病院受診を繰り返す人

体がしんどい、耐えられない、苦しい、痛い
色々な訴えで、人は病院を受診する。病気が見つかればそれを治療していくのだが、幸か不幸か、原因が見つからない人もいる。そうなるとそのしんどさや苦しさは、改善する方法がない。中には大きな病院で精査して原因がはっきりしてくる人もいるだろう。是非とも身体科でしっかりと検査をしていってもらいたい。そしてどんなに精査しても原因が見つからないとき、精神疾患の可能性が出てくる。

特に夜間救急を何度も受診したり、家族が疲弊するほどあちこちへ受診する人は要注意だ。

ついこの間も、私の勤務する病院へ夜12時ごろ、そんな患者が受診した。近くにある大きな総合病院からの紹介だ。
「しんどい」という訴えで、連日総合病院を受診。いろいろな検査をしたが原因は分からず、手の打ちようがない。毎日のように救急受診を繰り返し、出来ることは無いという医師に食って掛かり、対応に苦慮して精神科へ紹介されたのだ。
深夜に受診したその患者には夫が付き添っており、連日の病院受診に付き添わされ表情は疲れ切っていた。
どんなしんどさなのか、いつからか、などを聞こうとするが、しんどい、苦しい、痛いなどと訴えは少しずつ変わっていき、再現性に乏しい。また具体的な表現はほとんどなく非常にあいまいで、実際にどの程度しんどさがあるのかが不明瞭だった。素人目にみても、精神科の範疇と予想がつくような様相に思えた。
ご主人は「もうどうしようもないので入院させて検査をしてください」と希望された。しかし身体科で検査して何もないのならば精神科で検査をしても何もないことは明白だ。そもそも検査の設備規模が違うのだから。

このような患者は別段稀ではなく、度々目にする。決まって家族は疲弊しており、入院させてくれと依頼する。
まさかその反応が、患者のしんどさを悪化させているとは夢にも思わないだろう。

疾病利得という言葉がある。病気でいる事に利や得があるということだ。病気になることが良いことだなんて、そんなことはあるのだろうか。それがあるのだ。
学校へ行こうとすると頭やお腹が痛くなる人。これなんかは非常にわかりやすいケースだ。お腹が痛いから、学校を休める。行かなくてよくなるのだ。こういったパターンでは、お休みの電話を学校へいれてもらってしばらくすると、元気になってくることが多い。これは仮病とは違う。仮病ではなく本当に、おなかや頭が痛くなるからたちが悪い。(もちろん仮病のケースも中にはあるだろうが)
周りからは仮病にしか見えず、嘘ばっかりと責めてしまい、本当に痛くて困っている本人の気分はどんどん沈んでいき、症状は悪化の一途を辿る。

ではこの病院受診を繰り返すケースはどうだろうか。どんな得があるだろうか。
上記の患者は非常にわかりやすかった。話をしていると、「こんなにしんどいのに周りは何もしてくれない。散歩に行って来いとか、掃除をしろとか言われるんです」と、自分から言うことが出来たのだ。
おそらくこの症状が出始める前、家族は家事や育児をあまり手伝うことが無かったのだろう。そしてこの症状が出始めたころ、家族は心配してくれたり、家事や育児を多少手伝ってくれたのだろう。こうして脳は学習していく。しんどくなると、心配してもらえる。しんどくなると、手伝ってもらえる。しかし何度か繰り返すと周囲も慣れていってしまう。慣れてしまうので更なる心配や手伝いを引き出すために、症状を強めるしかない。こうして段々としんどさは強まり、周りが心配して困ってくれる夜間や休日など、あまり好ましくない時間帯に病院受診を繰り返すようになっていくのだ。そのほうが心配してもらえるから。

一体どうすればよかったのだろうか。どうすればいいのだろうか。
気にしないようにする。これは一つの正解だ。サイレントベイビーという言葉がある。ネグレクトと呼ばれる、泣いていても放置される家庭で育った赤ちゃんは、泣かなくなるのだ。泣いても意味が無いので、泣かなくなる。この症例でも同じことが起こせる可能性はある。どんなにしんどいと表現しても全く相手にしない。そうすれば訴えが減ってくる可能性もあるのだが、それがハッピーかと言われると違うように思う。
私がこういった人や家族に提案するのは、「振り回されない事」。適度な付き合いを提案するようにしている。

病院への受診は、病院が指示する決まった頻度で受診する。
家事や育児は、しんどさに関わらず手伝う。
健康な時ほど、話しかけたり相手をしてあげる。

とくに3つ目が重要だ。病気の時ばかり心配して病院受診に付き添うから、悪化するのだ。悪化してから「入院させるしかないと思うんです」なんて突き放してももう遅い。入院は一時しのぎにしかならない。退院したらまた家族と暮らすのだから、同じことを繰り返す事になる。突き放すよりも、家の中で落ち着く方法を探さないといけない。ずっと入院は出来ないのだから。

疾病利得からくる病気の場合、以下の4つが大切だ。
病気でいる事の得を減らす。病気でいる事の損を増やす。
健康でいる事の得を増やす。健康でいる事の損を減らす。

この中で、「病気でいる事の損を増やす」はおススメしない。そうでなくとも病気は損なのだ。損なのに、やむを得ず病気になっているのだから、そこに追い打ちをかけるのは精神科的に良い治療とは言えないだろう。

ルールを決めて、その枠の中で、出来る範囲で心配してあげる、相手をしてあげる。健康でいればいるほど、得が増えるような状況を作る。こうしていくことで、病院受診の頻度を減らしていくことが出来る。面倒だからこそ、突き放さず丁寧に。

仕事が出来るか心配な時の選択肢

上司からのパワハラや同僚からのイジメ、仕事の過負荷など、理由はたくさんあるだろう。仕事へ行こうとすると涙が出るようになり、それでも無理して続けていると、ついにはどうしても家から出られなくなってくる。ここまでくれば流石にたいていの人は病院へ相談へ来てくれる。そして私たちは話を聞き、薬を出し、休職の診断書を書く。

 

ひと月かふた月か、長い人は半年や1年、休職をして治療をしていく。少しずつ回復して出来ることが増えていき、家の中でごそごそ動くことは出来るようになってくる。外に出て遊ぶのも、なんとなくサボっているようで後ろめたさはあるものの、出来るようになってくる。休職も随分長くなってきたし、そろそろ復帰をしてみようか。もし退職していれば、そろそろ次の仕事を探そうか。こんな風になってきたときにふと気づく。仕事の事を考えると、とても心配だ。出来そうにない。

 

さてこのタイミングで、どうしていけばいいだろうか。

まだこのタイミングまで来ていない方は、以前書いた記事も参考にしてもらいたい。

 

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学生であれば学校の中に別室や保健室など段階があるのだが、社会人となるとそうもいかない。

社会人における主なステップとしては

 

デイケア:家から出る練習

作業所B:働くために家から出る練習

作業所A:安定して仕事を続ける練習

短期アルバイト:社会で適応できそうか確認をする

パート、アルバイト:続けて仕事を出来るかを確認する

正社員:ゴール

 

という順番になってくる。無論、人によっては飛ばし飛ばしに難易度を上げていくことになる。作業所は障害者手帳を取らないと利用が難しいので、対象者は限られる。

 

さらにほかに選択肢として

リワーク(職場に籍がないと利用出来ない事が多い≒退職していたら利用できない)

職業訓練ハローワークで相談を)

ボランティア

趣味の習い事

この辺りも家から出て外で過ごす練習には良い。家の中の事だが、家事手伝いも仕事をする練習には良い。

仕事が出来るか心配な時すべきことは、段階を経て自信をつける事。家から出る練習、家の外で少し仕事をする練習、仕事を続ける練習。

 

最も効率がいいのは、ギリギリ出来る難易度から始める事。

最も効率が悪いのは、ギリギリ出来ない難易度から始める事。

せっかくの人生、安全に行きたいならば、まず出来るであろう難易度から、確かめながら。