包み隠さず精神科

現役精神科医が精神医療の内情を、包み隠さず話します

抗うつ薬の大雑把な使い分け

抗うつ薬のは数あれど、劇的な薬剤は昨今まだ出てきていない。

個人的にはエスケタミンが待ち遠しい。

 

さて、現在日本で販売されている抗うつ薬の大雑把な使い分けを記載しておく。そもそも現存する抗うつ薬は、効果の面でほとんど差異がない。臨床試験でもミルタザピンがほんの少しだけ効果が高いかも、という程度だったと記憶している。そのため言うほど大きな使い分けがあるわけではない。完全に主観的な話だ。

 

まず大きく分けで、SSRISNRI、NaSSA、その他

という分類になる

 

SSRI 不安の側面が強い時に使いがち

パロキセチン:古い。副作用強め。なんとなく効きはいい気がするので、多少副作用強めでもしっかり効かせたいときに。

フルボキサミン強迫性障害でよく使う。その流れで、なんとなく不安が強迫っぽいときに。

セルトラリン:イメージはthe・SSRI。スタンダードに抗うつ薬を使いたいときに。

エスシタロプラム:1錠から治療域に入るので使いやすい。ほかは漸増が必要なので面倒。1錠使って必要なら2錠にするだけなので簡便であり、自分的にはSSRIのファーストチョイス。

 

SNRI 

・デュロキセチン:身体表現性障害でよく使う。その流れで、痛みしびれなどを含む身体愁訴が多い時に使う。

ミルナシプラン:なぜか使ったことが無いので良く分からない。多分もう使うことは無いのだろう。

イフェクサー:容量も多めまで使えるので、SNRIではこいつがファーストチョイス。割と手広く使用。

 

・NaSSA

・ミルタザピン:眠気+食欲増を使いたいときに使用。難治性の時にデュロキセチンとあわせてカリフォルニアロケットをしてみたりもする。そんなに効かないけど。

 

・ボルチオキセチン:また発売されて半年しかたっていないので使用経験は多くないが、そんなに特徴がなさそう?エスシタロプラムと違って1錠では治療域に入らないのが残念。

 

・三環系・四環系など古い薬

古い薬なので副作用が目立つ。ファーストで使うことはまずない。

中でもまだ使うことがあるのは

クロミプラン(アナフラニール):点滴があるので口から薬が入れられないぐらい重度の時に出番

アモキサピン:妄想を伴ううつ病に唯一適応のある抗うつ薬。妄想があるときは抗精神病薬と新規抗うつ薬を組み合わせることが多いが、こいつも選択肢には入る。

 

 

約束は、する方も破ってはいけない

育児や教育の現場で良く目にする事だが、約束を破る人がいる。

 

たとえば宿題をなかなかしない子供にしびれを切らし、ついカッとなってこう言ったとしよう

「晩御飯までに宿題終わらせてなかったら、もう家から出て行ってもらいます!!」

それに対して子供は、気のない返事をは~いと返す。

この段階で、約束が成立する。もしここで子供が「いや、それは困ります」と反論した場合、約束はまだ成立していない。一方的に押し付ける条件は無効と考えてよいと思う。双方でもう少し条件を検討しあい、同意しあえる約束をしていくべきだ。

しかし「は~い」と曲がりなりにも返事をしたのならば、これは守らないといけない。子供のみならず、親もだ。

子供は当然宿題を終わらすべきだし、もし仮に子供がその後も遊び続けて宿題を終わらせなかったのなら、家から出て行ってもらうべきなのだ。

子供を放り出すなんて可哀そうだ、やりすぎだ、虐待だ。その通り。だからこれは、約束の内容自体が間違っている。約束をするならば、実行できる内容に限るべきだ。

 

小さな子が喧嘩をするとよく「〇〇ちゃんとはもう一生遊ばない!」なんて言い放つことがある。言われたほうも小さな子ならば泣きもするだろうが、大人から見るとなんとも微笑ましい。たいていの場合一時間もすると、二人は仲よく遊んでいるのだから。

しかしこれが社会に出て取引先の重役が相手だとどうだろうか。「おたくとはもう取引しない」。とてもではないが微笑んでいる場合ではないだろう。背筋も凍る思いだ。

 

なぜこの2つで差が出るのかというと、実行力の差に他ならない。「もう一生遊ばない」なんてことは無いだろうと分かるので、大人は微笑んでいられるのだ。しかし取引先の発言は、おそらく本当に実行される。だから笑っていられない。

 

些細な約束でも効力を発揮したいのならば、言ったことは守らなくてはいけない。ご飯をあげないと言えばあげてはいけないし、家から放り出すと言えば放り出さないといけない。そしてそんな事はすべきではないので、そもそもそんな発言をすべきではない。

お小遣いを減らすとか、ゲーム機を24時間使用禁止にするとか、達成できる条件にしよう。そして必ず、実行しよう。

約束は、提案した方も守らないといけない。提案した方が守るからこそ、された方も守るのだ。

「宿題するって言ったのにどうしてしてないの!!」なんて責めてはいけない。あなただって晩御飯をあげないといったのに、あげるのだから。

 

約束を破っているのは相手だろうか?それともあなただろうか?まずは自分から、約束を守るように意識しよう。

 

体調不良を訴えて病院受診を繰り返す人

体がしんどい、耐えられない、苦しい、痛い
色々な訴えで、人は病院を受診する。病気が見つかればそれを治療していくのだが、幸か不幸か、原因が見つからない人もいる。そうなるとそのしんどさや苦しさは、改善する方法がない。中には大きな病院で精査して原因がはっきりしてくる人もいるだろう。是非とも身体科でしっかりと検査をしていってもらいたい。そしてどんなに精査しても原因が見つからないとき、精神疾患の可能性が出てくる。

特に夜間救急を何度も受診したり、家族が疲弊するほどあちこちへ受診する人は要注意だ。

ついこの間も、私の勤務する病院へ夜12時ごろ、そんな患者が受診した。近くにある大きな総合病院からの紹介だ。
「しんどい」という訴えで、連日総合病院を受診。いろいろな検査をしたが原因は分からず、手の打ちようがない。毎日のように救急受診を繰り返し、出来ることは無いという医師に食って掛かり、対応に苦慮して精神科へ紹介されたのだ。
深夜に受診したその患者には夫が付き添っており、連日の病院受診に付き添わされ表情は疲れ切っていた。
どんなしんどさなのか、いつからか、などを聞こうとするが、しんどい、苦しい、痛いなどと訴えは少しずつ変わっていき、再現性に乏しい。また具体的な表現はほとんどなく非常にあいまいで、実際にどの程度しんどさがあるのかが不明瞭だった。素人目にみても、精神科の範疇と予想がつくような様相に思えた。
ご主人は「もうどうしようもないので入院させて検査をしてください」と希望された。しかし身体科で検査して何もないのならば精神科で検査をしても何もないことは明白だ。そもそも検査の設備規模が違うのだから。

このような患者は別段稀ではなく、度々目にする。決まって家族は疲弊しており、入院させてくれと依頼する。
まさかその反応が、患者のしんどさを悪化させているとは夢にも思わないだろう。

疾病利得という言葉がある。病気でいる事に利や得があるということだ。病気になることが良いことだなんて、そんなことはあるのだろうか。それがあるのだ。
学校へ行こうとすると頭やお腹が痛くなる人。これなんかは非常にわかりやすいケースだ。お腹が痛いから、学校を休める。行かなくてよくなるのだ。こういったパターンでは、お休みの電話を学校へいれてもらってしばらくすると、元気になってくることが多い。これは仮病とは違う。仮病ではなく本当に、おなかや頭が痛くなるからたちが悪い。(もちろん仮病のケースも中にはあるだろうが)
周りからは仮病にしか見えず、嘘ばっかりと責めてしまい、本当に痛くて困っている本人の気分はどんどん沈んでいき、症状は悪化の一途を辿る。

ではこの病院受診を繰り返すケースはどうだろうか。どんな得があるだろうか。
上記の患者は非常にわかりやすかった。話をしていると、「こんなにしんどいのに周りは何もしてくれない。散歩に行って来いとか、掃除をしろとか言われるんです」と、自分から言うことが出来たのだ。
おそらくこの症状が出始める前、家族は家事や育児をあまり手伝うことが無かったのだろう。そしてこの症状が出始めたころ、家族は心配してくれたり、家事や育児を多少手伝ってくれたのだろう。こうして脳は学習していく。しんどくなると、心配してもらえる。しんどくなると、手伝ってもらえる。しかし何度か繰り返すと周囲も慣れていってしまう。慣れてしまうので更なる心配や手伝いを引き出すために、症状を強めるしかない。こうして段々としんどさは強まり、周りが心配して困ってくれる夜間や休日など、あまり好ましくない時間帯に病院受診を繰り返すようになっていくのだ。そのほうが心配してもらえるから。

一体どうすればよかったのだろうか。どうすればいいのだろうか。
気にしないようにする。これは一つの正解だ。サイレントベイビーという言葉がある。ネグレクトと呼ばれる、泣いていても放置される家庭で育った赤ちゃんは、泣かなくなるのだ。泣いても意味が無いので、泣かなくなる。この症例でも同じことが起こせる可能性はある。どんなにしんどいと表現しても全く相手にしない。そうすれば訴えが減ってくる可能性もあるのだが、それがハッピーかと言われると違うように思う。
私がこういった人や家族に提案するのは、「振り回されない事」。適度な付き合いを提案するようにしている。

病院への受診は、病院が指示する決まった頻度で受診する。
家事や育児は、しんどさに関わらず手伝う。
健康な時ほど、話しかけたり相手をしてあげる。

とくに3つ目が重要だ。病気の時ばかり心配して病院受診に付き添うから、悪化するのだ。悪化してから「入院させるしかないと思うんです」なんて突き放してももう遅い。入院は一時しのぎにしかならない。退院したらまた家族と暮らすのだから、同じことを繰り返す事になる。突き放すよりも、家の中で落ち着く方法を探さないといけない。ずっと入院は出来ないのだから。

疾病利得からくる病気の場合、以下の4つが大切だ。
病気でいる事の得を減らす。病気でいる事の損を増やす。
健康でいる事の得を増やす。健康でいる事の損を減らす。

この中で、「病気でいる事の損を増やす」はおススメしない。そうでなくとも病気は損なのだ。損なのに、やむを得ず病気になっているのだから、そこに追い打ちをかけるのは精神科的に良い治療とは言えないだろう。

ルールを決めて、その枠の中で、出来る範囲で心配してあげる、相手をしてあげる。健康でいればいるほど、得が増えるような状況を作る。こうしていくことで、病院受診の頻度を減らしていくことが出来る。面倒だからこそ、突き放さず丁寧に。

仕事が出来るか心配な時の選択肢

上司からのパワハラや同僚からのイジメ、仕事の過負荷など、理由はたくさんあるだろう。仕事へ行こうとすると涙が出るようになり、それでも無理して続けていると、ついにはどうしても家から出られなくなってくる。ここまでくれば流石にたいていの人は病院へ相談へ来てくれる。そして私たちは話を聞き、薬を出し、休職の診断書を書く。

 

ひと月かふた月か、長い人は半年や1年、休職をして治療をしていく。少しずつ回復して出来ることが増えていき、家の中でごそごそ動くことは出来るようになってくる。外に出て遊ぶのも、なんとなくサボっているようで後ろめたさはあるものの、出来るようになってくる。休職も随分長くなってきたし、そろそろ復帰をしてみようか。もし退職していれば、そろそろ次の仕事を探そうか。こんな風になってきたときにふと気づく。仕事の事を考えると、とても心配だ。出来そうにない。

 

さてこのタイミングで、どうしていけばいいだろうか。

まだこのタイミングまで来ていない方は、以前書いた記事も参考にしてもらいたい。

 

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学生であれば学校の中に別室や保健室など段階があるのだが、社会人となるとそうもいかない。

社会人における主なステップとしては

 

デイケア:家から出る練習

作業所B:働くために家から出る練習

作業所A:安定して仕事を続ける練習

短期アルバイト:社会で適応できそうか確認をする

パート、アルバイト:続けて仕事を出来るかを確認する

正社員:ゴール

 

という順番になってくる。無論、人によっては飛ばし飛ばしに難易度を上げていくことになる。作業所は障害者手帳を取らないと利用が難しいので、対象者は限られる。

 

さらにほかに選択肢として

リワーク(職場に籍がないと利用出来ない事が多い≒退職していたら利用できない)

職業訓練ハローワークで相談を)

ボランティア

趣味の習い事

この辺りも家から出て外で過ごす練習には良い。家の中の事だが、家事手伝いも仕事をする練習には良い。

仕事が出来るか心配な時すべきことは、段階を経て自信をつける事。家から出る練習、家の外で少し仕事をする練習、仕事を続ける練習。

 

最も効率がいいのは、ギリギリ出来る難易度から始める事。

最も効率が悪いのは、ギリギリ出来ない難易度から始める事。

せっかくの人生、安全に行きたいならば、まず出来るであろう難易度から、確かめながら。

 

家族内の精神バランス

家庭内の誰かが不調となったとき、周りの家族はその人の役割をフォローして、家庭機能を維持していく。父親がうつになれば、母親がパートを増やして頑張ってみたり。母親が不調になれば、子供たちが家事の手伝いを増やしたりといった具合だ。これは健全な家庭内のバランスのとり方と言える。

しかし家庭内で2人、3人と不調な人が出てくると、話は変わってくる。周囲がフォローしきれなくなるのだ。その結果家庭のレベルが1段階、2段階と落ちた状態でしばらく回ることになる。たとえば金銭面だったり、余暇の過ごし方だったり、清潔面だったり、レベルが落ちる内容は多岐にわたる。始まりは一人の不調だけで、その人のフォローが長引いた結果他の家族も負担に耐え切れず調子を崩す、いわゆる二次被害というルートもある。ともかく、このようにして本来の家庭機能から数段落ちた状態で維持された家庭には、変わった変化が起こることがある。

その数段機能が落ちた状態を、維持しようとするのだ。
たとえば母子家庭で母娘ともに不調だったとしよう。しかし治療の甲斐あってか母親が回復してくると、決まって娘は余計に調子を崩す。結局家庭内のバランスは保たれて、レベルが改善することは無い。この間に不調の娘のフォローに母親が回ることで、釣られて母親も再び不調となり、元の二人に戻ってしまう。
焦りだったり、嫉妬だったり、回復してきた人につい乗っかってしまったり、理由は色々あるのだろう。しかしこういった低い状態で家庭内のバランスをとる状態になってしまうと、治療が難渋することが多い。
基本的にこの状態を打開するには入院や実家へ避難させるなどして、一旦不調な人を家族から離すのがベストだ。全員でなくてもよく、不調な人一人を離すだけでも家庭内全体が改善してくることが多い。どうしても事情があって離す事が難しい場合は頭を悩ませるのだが、各々に自分を最優先するよう伝えていくのが良いのではないかと思う。ともかく各々の治療を優先し、余裕が出た人から順に家から離れる時間を増やしていくデイケアや作業所などの利用が望ましいだろう。もう一方はバランスをとるために一時不調になるが、元気なほうが家にいる時間が短ければ、影響は最小限にとどめることが出来るからだ。

家庭内の精神バランスが低めで安定している時は、一旦崩すところから始めるのが良いと思う。

「したい事」と「しなきゃいけない事」は分けて考えろ

うつ病からの回復期。意欲面の回復具合はどうかなと思い、「今なにかしたい事はありますか?」こう聞いてみると、半数以上の人はこんな風に答える。

 

「早く仕事に戻りたいです」

「まだ出せていない書類があるのでそれをやりたいです」

 

あえて厳しいことを言わせてもらうと、そんなことを言っているから回復が遅いのだ

タイトルの通りだが、「したい」と「いなきゃいけない」は違う。回復への効果に至っては真逆と言っていい。日本語ではどちらも「したい」と表現できてしまうので難しいのだが、しっかり分けて考える必要がある。

考えてもみてほしい、目の前にニンジンがぶら下がっているから馬は走れるのだ。目の前にめんどくさい書類がぶら下がっていて、走る気になるだろうか。むしろ後ろに戻りたいぐらいの気持ちにならないだろうか。この質問に適切に答えられないと、前に進みたくなくなってしまう。

 

「何かしたい事はありますか」

に対する答えとしては、「読みかけの本を読みたい」とか「友達とコーヒーを飲みに行きたい」とか、楽しいことを答えないといけない。ここで楽しい事、つまり本当の「したい事」が思い浮かばないようならば、引き続き休養が必要だ。意欲が回復していないのだが、仕事や家事なんて言ってる場合ではない。前回の記事でもお伝えしたが、遊ぶ事も出来ないのに仕事が出来るわけがない。

 

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金銭的に苦しかったり、家族にしわ寄せがいっていたり、焦る気持ちもあるだろう。それはもちろん、本当にその通りだと思う。だけど仕方ない、出来なきとは出来ないのだ。早く回復しないといけないからこそ、一つずつステップを上がっていこう。まずは、「したい事」が出てくるのを待つところから。「しなきゃいけない」は後回し。

うつの時どう過ごすか

「どうしていたらいいですか」

診察室でこんな風にきいてくる人がいる。うつ病になると頭が回らなくなり、自分に自信が持てず、なにをやっていてもダメな気がする。どれも上手くいかなくて、そんな状況も苦しくて、過ごし方が分からない。今のままでいいのか、はたまた苦しいけど何か練習をしたほうがいいのか。早く元に戻る方法が知りたくて、こんな質問が出てくるのだろう。

果たしてどんな風に過ごすのが正解だろうか。

こんな質問をもらった時、私は少し時間をもらって、次のような話をしている。

 

 

まずは今までの人生を振り返ってみる。生まれてきてから今まで、どう過ごしていただろうか。

生まれて間もないころは何もできず、すべてを親に任せていただろう。食事や排せつに至るまで、すべてを手伝ってもらう必要がある。はじめは上手に寝る事も出来ず寝ぐずりをして、両親はヘトヘトになりながらあなたを寝かしつける。寝たと思ってもすぐにまた起きてきて、リズムも安定していない。しかしそうこうしているうちに感覚が発達してきて、周囲の状況に気を払う余裕が出てくる。目や耳を使って、世界の情報を仕入れていく。

幼児期になると出来ることが増えてくる。トイレも行けるし、服だって自分できれる。時々こぼすけど食事も自分で食べられる。だけど外へ行くのはまだまだ心配で、大人に手を握ってもらっていたほうが安心だろう。まだ一人でできないこともたくさんあって、手伝ってもらいながら過ごしていく。毎日楽しく遊ぶことがこの頃の課題だ。

小学校ぐらいになれば、遊ぶだけとはいかなくなってくる。一年生のころから少しずつ、短い時間とはいえ勉強の時間が入り始める。はじめは簡単な内容で授業の数も少ないが、6年生にもなれば6限目まで授業がつまり、そのあとにクラブ活動なんてものまであったりする。

中学、高校とすすむにつれてさらに勉強の質、量が増えていく。人によっては専門学校や大学を経て、ついに仕事を始めていくのだ。

 

 

さて、ここまでで言いたいことは何となく伝わるかもしれない。あなたは今までの人生で、年齢分の時間をかけて、徐々にステップアップしてきたのだ。そのまま上手くいっていればよかったのだが、残念ながらその途中でうつ病につまづいてしまった。ステップが下がってしまったあなたは、再び元の位置まで戻らないといけない。

大ジャンプを決めて元の自分にぴょーんと戻りたいと、勇んでいる方も多いだろう。大ジャンプが成功し、華麗に復帰できる人も中に入る。急いでジャンプしたい気持ちが分からないわけではないのだが、以前に書いた記事も参考にしてもらいたい。

 

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 失敗すると、それは大きく自信を失う悪手となる

 

私がおススメするのは、それぞれにあったステップから始めることだ。

まずは自分の位置を確認しよう。これが何よりも大切だ。どうか曇りのない目で自分を見てみてほしい。分からないときは家族や友人、周りの人に聞いてみても良いだろう。一旦バリバリ働いていた、輝いていた自分は置いておこう。そこに戻るために、置いておこう。

今のあなたは何が出来るだろうか。

夜は眠れる?お風呂は入れる?食事は食べられる?

すこし散歩をしてみたり、本を読んでみたり、楽しむことが出来る?

買い物へ行ったり、友達と遊んだり、外で過ごすことは出来るだろうか?

ちょっとした勉強は?体力をつけるために毎日運動出来る?

 

乳児期:食事も満足に取れず、手助けが無いと最低限の生活も出来ない状態ならば、まずは生き残ることを最優先にしよう。場合によっては入院を考えても良いレベルなのだから。

幼児期:最低限の生活は行えるようになってきたら次は、ぜひ遊ぶ練習をしよう。遊ぶことだって、はじめは上手に出来ないものだ。遊ぶといっても別に走り回る必要はない。のんびりぼーっと過ごすだけでも構わない。とにかく、自分が楽なように過ごす練習をしていこう。

小学校~:遊ぶのは十分楽しめる。外に出ることも苦ではない。ここまで来てようやく、「本当はやりたくない事」をする練習をはじめよう。しかしだからといって、まだ仕事は早い。小学校なんだから、仕事ではなく「仕事に向けたやりたくない事」をしていこう。たとえば少し家事を手伝ってみたり、資格の勉強をしてみたり、リワークを利用してみるのも良いかもしれない。ボランティアをする人もいる。はじめから一日中やってやろうとは思わないで!!最初は半日とか、1時間とか、10分でも良いぐらいだ。失敗しないことが大切なのだから、少ない時間から少しずつ、出来ることを確認しながらすすんでいこう。

高校~大学:「本当はやりたくない事」が9時~5時だろうと、やろうと思えばできる。それぐらいのレベルになってきたら、いよいよ仕事を検討していく時だ。ここでもどうか復帰を焦らないで。職場とよく相談を。転職ならば条件をよく検討を。

 

大切なのは自分の段階を知る事。そして一つずつ、確認しながら上がっていくことです。一度踏み外しているからこそ、慎重に、一歩ずつ