包み隠さず精神科

現役精神科医が精神医療の内情を、包み隠さず話します

リストカットをする理由

家族や友人、大切な人が、もしもリストカットをしていたらどうするだろうか。

止める?叱る?刃物を取り上げて?それから柱にでも括り付けておく?

 

これは一般的なリストカットの話で、例えば統合失調症の人が妄想に操られて行う自傷などは対象としていない。

そして先に言っておくと、対応に正解は無い。これは普段、私はこうしているよという紹介だ。

 

 

体を切ると何が起こるだろうか。当然痛い。痛くて血が出て、さらにそのあと傷が残る。

我々から見ると、何が楽しくてそんなことをするんだ、という気持ちになる。どう考えたって、一つも良いことが無い。それなのにリストカットをする人がいる。メリットが一つもない行動をするなんて、ついに頭がおかしくなったのかと思って、現実に戻してやろうと思って説教をする。

「どうしてそんなことをするんだ。手首を切ったって何の意味もないんだから止めなさい。傷が残るだろう。一生消えないんだぞ。」

こうしてもっともな事を注意をしても、なぜかその人は自傷を繰り返す。はじめは一生懸命説得するが、次第に注意する人もイライラしてくる。どうして辞めないんだ。俺の話が理解できないのか。やっぱりこいつは頭がおかしいんじゃないか。

叱り方もキツくなっていくし、こんなに止めても止まらないならもうどうでもいい、とどんどん当たりは冷たくなっていく。どうしても辞めないときは取り押さえてみたり、無理やり刃物を奪ったり。隠してみたりもする。

あの友達と付き合ってるから影響されたんだろう、ツイッターが悪いんだろう、などと言って行動を制限し、家から出ないように命じてみる。それでも止まらずもうどうしていいかわからない、こんな奴は俺の娘ではない!と思いながら、そして言いながら、病院へ連れてきたりする。

こんなところだろうか。

 

 

そもそもリストカットとは何か。手首を切る事である。便宜上リストカットとまとめて言うが、実際にはアームカットだったりレッグカットだったりと切る場所によって名前が違う。どうしてそんなメリットが無いことをするのだろうか。簡単だ。メリットがあるからだ。

 

繰り返すがこれは私の解釈で、正解かどうかは分からない。ただ、そう思いながら接すると自傷が収まっていく人が多いのは確かだ。

 

メリットとは何か。

多くの人は、ほんの些細なきっかけからリストカットをはじめる。何てことのない家族との言い争いや、友達との行き違い、受験勉強の重圧かもしれない。ストレスがかかると人は不安定になる。胸がもやもやしたり、イライラしたり、涙が出る。そこでふと思い出す。そういえばリストカットというものがあったな・・・。漫画かもしれないし、友達にしている人がいたのかもしれないし、どこからか分からないが、リストカットの情報を人は仕入れてくる。その時誰しも、同じことを思っている。「メリットなんてない」。この時はまだ我々と同じ気持ちなのだ。それでも騙されたと思って、試しに一度やってみる。きっとはじめは痛くてイヤな気持になるだろう。「何でこんなことみんなやるんだろう」と感じるかもしれないし「意外と大したことないな」と思うかもしれない。ともかく、初めて体に刃物を入れるドキドキと、痛み刺激を感じたことだろう。ふと振り返ると、さっきまで思い悩んでいたモヤモヤが少し薄れている。痛みとドキドキで気が紛れるのだ。それでもはじめはこう思うかもしれない「こんなことやっぱり意味ない」。

だけどその後も再びストレスがかかる。それはそうだ、人間なのだから、悩みの一つや二つすぐに出来る。この時もう一度思い出す。「そういえば前ちょっとだけモヤモヤがマシになったな」。それは痛いから気がそれただけだったり、自傷するための別のストレスだったりするのだが、ともかく悩みが薄くなった事が確かにあるのだ。もう一度やってみると、やっぱりちょっと良い。このころはまだ切る深さも浅くて傷もそんなに残らないし、もしかしたら痛みもほとんどないぐらいかもしれないが、それでもやっぱり悩みから気がまぎれる。

こうしてストレスがかかるたびにリストカットを繰り返す。はじめはいいのだが、繰り返すと次第にドキドキが減ってくる。人は慣れるとドキドキしなくなるのだ。痛みも慣れてきて、ちょっと物足りない。だから少しずつ、深くなっていく。こうして頻度、質ともに増加の一途を辿る。

 

気づけば手首には傷跡が残るようになり(人によっては一回目でかもしれないが)、ともかくいつかは誰かに気付かれる。初めて周りの人が気づいたとき、どうするだろうか。あなたはどうしただろうか。叱ったかもしれないし、泣いたかもしれない。そしてきっと、こう尋ねたことだろう。

「どうしてこんなことをしたんだ」

ほんの些細な一言だ。なんてことはない。

しかしこれが、第2のメリットとなる

 

気にかけてもらえた。

 

見つかった興奮で頭がいっぱいで、当然その自覚があるわけではない。あるわけではないのだが、脳は感じる。「リストカットをすると、心配してくれる人が現れる」

どうだろうか、リストカットをしていなくても、辛いと打ち明けられる関係にあっただろうか。日ごろから、傷などなくとも、気にかけてあげていただろうか。

 

繰り返すうちに、脳は学習していく。手首に傷を作ると心配してもらえる、気にかけてもらえる。

 

●悩みから意識を離す事が出来る

●周りが心配してくれる

 

この2点から、リストカットが増えていく。

 

さて、どう対応したらいいだろうか。叱ると止まるだろうか。ご存知の通り止まらない。叱るというのは「周りが心配してくれる」メリットに入るので、むしろ増える可能性すらある。

そもそも、リストカットが止まったらどうなるだろうか。悩みから離れるためにリストカットを行っている。悩みから離れられないとなると、その苦痛をどうしたらいいのだろうか。

 

私はリストカットに2種類あるように思っている。

「習慣リストカット」と「苦肉の策リストカット

私が命名した言葉なので、ググっても出てこないのではないかと思う。

次回はこの続きを、そしてどう対応したらいいかを話したい。