包み隠さず精神科

現役精神科医が精神医療の内情を、包み隠さず話します

リストカットへの接し方

前回分をまだ読んでいない方は、そちらから読んでもらえると分かりやすいかと思います。 

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本日は前回の続きから。

習慣リストカット」と「苦肉の策リストカット

この二つに大別できるように思う。

習慣リストカットは文字通り、もはや癖になっているリストカットで、些細なストレスでも切りたくなってしまう状態。タバコやお酒の依存とよく似ており、リスカ依存といってよいだろう。イライラしたり悲しい時にタバコを吸うようにしていると、だんだんそれが癖になってくる。いざ止めようと思っても、なんとなくタバコを吸わないと収まりが悪く、ついつい吸ってしまう。ついつい切ってしまう。

そして苦肉の策リストカット。こちらは、ほかにその場を収める手が無くて、仕方なく行ってしまうリストカットだ。こんな経験はないだろうか。会議やテストなど、どうしても寝てはいけないシチュエーションで眠たくなった時、目を覚ますために自分の頬っぺたを叩いてみる。これも一種の苦肉の策自傷と言っていいだろう。本当は頬っぺたは叩かないほうがいいのだが、他に対策が無いので仕方がなく引っぱたく。辛くて悲しいことがあったとき、どうしても気をそらす必要があって手首を切る。そうでなければ、悲しみに心が耐えられそうにないから。

 

この二つで対応が変わってくる。

習慣リストカットは依存と同じ扱いになる。とにかくまずは辞める必要を理解することから。本人が辞めたいと思わない限り、終わらないリスカをするデメリットや、辞めた時のメリットで動機づけを行っていく。やめたい気持ちが生まれてきたら、ひとまず3日、やめるところから。ほかで気を紛らわせて、「切らなくてもやっていける自分」を見つけることが出来れば、自然とやめることができる。

苦肉の策リストカットは、そう簡単ではない。なにしろリストカットが唯一彼女を支えている行動なのだ。その行動が無くなってしまったら、彼女の心は耐えられない。辛うじて支えている柱を引き抜くようなものだ。そのためこのパターンの人は、リストカットをやめる必要はない。というか、やめない方がいい。大切なのは、「なにか負担があって」リストカットをしている、という点だ。「負担が無くなれば」リスカはなくなるか、習慣リストカットに進化できる。苦肉の策リストカットと接するとき考えるべきは、辛いことや悲しいこと、困っていることをどうやって除去するかだ。どうやってリストカットをやめさせるか、ではない。火のないところに煙はたたない理論だ。

 

良くある周囲の対応として、「叱る」がある。叱りたい気持ちもわかる。馬鹿なことをしているのだから。人は間違いを見つけたとき、指摘したくなる。間違い指摘反射という。

間違ったことをしているので、注意する。

そうするとどうなるだろうか。

叱られたくないので、隠す。反発してひどくなる。この二つが多いだろう。

「言うことを聞いてやめる」というパターンはないだろうか。ないと思う。リストカットは負荷がかかって始まるものだ。誰かに物事を禁止されるのは、負荷に他ならない。これ以上負荷をかけないために隠すぐらいはするだろうが、なくなることは無いだろう。

 

もう一つ間違ったパターンとして、刃物を隠す、がある。これはその場しのぎとしては有効で、辞める必要性を理解している習慣リストカットでは役に立つだろう。その瞬間を乗り切れば、また落ち着いて禁リスカを続けられる。ただそれ以外のパターンでは、意味がない。苦肉の策リストカットでは、他のもっと悪い行動(より強い自傷や自殺企図、薬物使用など)に置き換わるだろうし、習慣リストカットの辞める気がまだない状態ならば、喧嘩になるだけだろう。自分の意思がなければ習慣は治らない

 

 

私が外来でリストカットを見たときの対応としては、まずは理由と原因を探る。決して攻めてはいけない。同情でもいけない。「興味を持つ」が正しい。何に困っているのか、何が起こっているのか、に興味を持つ。そして習慣リストカットと、苦肉の策リストカットに分類する。

習慣リストカットの場合は、ある程度関係性を作っていきながら、辞める必要性を動機づけていく。リストカットをしてしまった、と言われても笑い飛ばしてあげる。心配しなくても大丈夫だし、辞めることが出来るんだ、という方向に自信をつけていってもらう。

一方苦肉の策リストカットを見た場合は気合が入る。何が何でも理由を探す必要がある。自傷が自殺へ変わる前に、対策を立てないといけないのだ。自傷行為が強い場合は入院も視野に入れる。入院で治すのではなく、命を守るための一時避難だ。その間に、ともかく原因を探す。そして困っている元を探して、一緒に悩むのだ。

 

本人は何が困っているのかわかっていない事が良くある。家族が考えている理由が見当違いなことも良くある。その人の事を良く理解して、たくさん話をして、それでも見つからないことも良くある。根気強く、あきらめず、一緒に悩んであげるのが、唯一の治療だったりする。