包み隠さず精神科

現役精神科医が精神医療の内情を、包み隠さず話します

目標を立てるときの2つの注意点

外来診療でいろいろな人の悩みを聞いていると、とても気になることがある。

一部、目標の立て方が下手な人がいる。

具体的な内容はさておき2点、気を付けてもらいたいことがある。

 

1.スモールステップ

たとえばうつ病に罹ったとき、はじめは目標どころの話ではない。重症度にもよるが、命からがらなんとか病院を受診して、治療が始まる。なかなか効果の出ない抗うつ薬にヤキモキしながら日々を送る。そしてほどなくして治療が軌道に乗り、ようやくほんの少し本を読んだりテレビを見たり出来るようになってきたころ、ふと頭に浮かんでくる

「こんなことをしていていいのだろうか」

「働いていない私は悪いことをしている」

とても良くある状態だ。ここで多くの人は、こんな目標を立てる。

「仕事をする」

「家事をして家族の役に立つ」

悪くはない。むしろ理想的だ。仕事をし、家事も育児もバリバリこなし、ばっちり社会に復帰する。もちろん治療する側も、その状態を目指したい。

目標として悪くはないのだが、しかしそれ一つにとらわれてしまう人があまりに多い。うつ病だから目には見えないけれど、骨折で言うと「ギブスを巻いてようやく痛みがちょっと引いてきたかな」ぐらいのタイミングなのに。肺炎でいうと「ようやく高熱は下がってまだまだ抗生物質は続けますから安静にしていてくださいねー」ぐらいのタイミングなのに。やけにホップステップで急上昇を望む人が多いように思う。

うつ病云々は置いておいても、目標を立てる上で失敗は極力避けたいのだ。失敗すると人は自信を無くしてしまう。やる気にしても、気力にしても、自信が支えているところは大きい。だから失敗する可能性のある目標は、立てないもしくは遠い目標に設定しよう。いわゆる大目標、小目標というやつだ。

はじめは自分でも「これは流石に余裕だわ」「馬鹿にしてるでしょう」ぐらいのイージーな内容からでよい。朝カーテンを開ける、とか。ご飯を一口でもいいから三食食べる、とか。家から一歩だけ出る、とか。難なく達成できるようになれば、少しずつハードルを上げていくといい。ただ意外と、簡単な目標でもしんどいことも多いと思う。

スモールステップで、出来る感覚を積み上げていく。急ぐからこそ、自信を失わないように気を付けよう。なくした自信は、取り戻すのに多くの時間がかかってしまう。

 

 

2.主語を自分にする

これはいわゆる神経症圏の人に多い事だが、目標の主語が間違えていることが良くある。

たとえば55歳の主婦が

「夫は帰ってきても何もしない。私がしんどそうにしていても気にも留めないで。ご飯まだ?なんて言うんです。もう悔しくて悲しくて・・・」

などと涙ながらに相談に来ることがある。

それは大変ですね。どうしましょうか。

どんな手助けをしようかと聞いても、延々と夫の愚痴を述べるにとどまる。この手の人は薬を出してもあまり改善しないことが多い。どうして改善しないのか。

この人がもっぱら相談したいことは、「夫が私を理解してくれるにはどうしたらいいでしょうか」なのだ。言いたいことはとても良く分かる。それが叶えばどんなに過ごしやすい事だろうか。「夫がやさしくなる薬」なんてものがあれば、すぐにでも処方してあげたい気分だ。しかし残念ながらそんなものはないし、妻が飲んで夫に効果が出る薬など作りようもない。目標設定が、そもそも達成不可能なのだ。

いや、正確には出来るかもしれない。妻が上手にふるまうことで、少しずつ夫に変化を促すことは出来るかもしれない。そのため妻の相談したいことが「夫が私を理解してくれるには、私はどうしたらいいでしょうか」ならば、一緒に対策を考えていくことが出来る。しかし往々にしてこの手の人の相談は「夫が私を理解してくれるには、夫はどうしたらいいでしょうか」に集約する。それをここで話し合っても無駄なのだ。夫がどうするかを、僕やあなたには決められないあなたが努力できるのは、あなたの事に限られる

職場でパワハラを受ける人なんかも、よく目標設定を間違える。「上司の当たりが柔らかくなればなぁ」なんて願うこと自体は構わないのだが、それを目標にしてしまうとどんなに頑張っても達成できない。汗水たらして血の涙を流そうと、あなたに上司の行動は変えられない。上司がどう当たるかは、上司が決めるのだ。だから悩むべきは「上司がどうするか」ではなく、「そんな上司を持つあなたがどうするか」、だ。

夢に思い描くことを止めはしないが、あくまでも他人の変化は夢にとどめよう。

夫から離れて過ごすのも良いだろう。夫にやさしく接して変化を待つのも良いだろう。仕事を変えるのも良いし、休職するのも手だろう。あなたがどうするかはあなたが決められる。難しい時は相談にも乗る。あくまでも目標は、自分で出来ることに設定しよう。さもなくば、どんなに努力しても叶えようがないのだから。