包み隠さず精神科

現役精神科医が精神医療の内情を、包み隠さず話します

病院へ連れていけない認知症をどうするか

認知症で最もメジャーなものはアルツハイマー認知症だろう。典型的には70歳ごろからゆっくりと物忘れが進行していき、性格変化が加わることもある。次第にものの認識も難しくなっていき、トイレへ自分で行けなかったり、食べ物を食べ物と認識できなくなったりしてしまう恐ろしい病気だ。
いくつか認知症の薬が出てはいるものの、治療できるといえるほどのものではないのが残念なところだ。

さてこの認知症だが、物忘れだけならば町医者や神経内科の受診で事足りることが多い。精神科へ受診したいとなれば、おそらく困っているのは「認知症周辺症状」だろう。


財布を盗まれた、泥棒が入った、などの物盗られを始めとした妄想、夜間不眠や徘徊など、周りを巻き込んだ困った行動。これらをまとめて認知症周辺症状と呼ぶ。
夜中に大声で叫んだり、近所の家に刀を持って押しかけたりする事もある。近隣住人からなんとかしろと責められ、度々警察のお世話になり、病院へ連れて行こうとしても頑なに嫌がり、とてもじゃないが連れていけない。一体どうしたらいいんだと家族は途方に暮れていく。


こういった、病院に連れていけない認知症をどうしたらいいだろうか。

ゴールは病院へ連れて行くことになる。病院といっても小さなクリニックでは難しいだろう。何度も病院へ連れて行くのは負担が大きい。入院設備、特に閉鎖病棟のある大きめの病院へ連れていきたい。

地域包括支援センターに間に入ってもらう

まずはここからはじめよう。残念ながら支援員には多くの権限はなく、嫌がる人を無理やり連れていくような力はない。しかしまずは相談先を作る事が大切だ。相談しただけで解決するわけではないが、たとえば病院へ受診するとき、支援員の発言が入院の後押しになる事もある。現状をしっかり見ておいてもらい、密に連携をとろう。

②病院と連携しよう

本人は連れて行けずとも、大きな病院ならば家族相談という形で家族のみの受診を受け入れている事が多い。受診の目的は、入院へのパイプを作る事だ。この家族だけの相談の場合、本人をどうにかしてもらう目的で行くわけではない。対応を相談したい、というスタンスが良いだろう。家族のみで受診して、状況を伝えよう。「入院させてほしい」ではなく、「入院しないと家では過ごせないかもしれない」という言い方にすると好印象だ。家族の中には、大した症状でなくとも厄介払いで入院をさせたがる人たちがいる。もちろんこれを読んでいるあなたはそうではないかもしれないが、病院サイドからするとその見分けがつかないのだ。そのため、やけに入院を推してくる家族にはつい警戒してしまう。入院だけさせてその後はほとんど連絡も取れず、現代の姥捨て山として病院を使うつもりではあるまいな、と怪しんでしまうのだ。入院をあまり強く推しすぎないのが良いだろう。
相談を何度かして病院と関係性が出来てきたら、「なんとか連れてくるので入院をさせてほしい」という旨を伝えよう。おそらく返事は、「診察しないと確約は出来ない」だろう。それで構わない。以下の③や④をすれば、入院になるぐらいの症状は見せてくれるだろうから。

③騙して連れて行く

さて、病院に受診させることを伝えた後、多くの家族がとる方法がこれだ。腰を見てもらいましょうとか、少し検査しましょう、なんて話をする。時には買い物へ行くといって連れてきたりする家族もいる。しかしこれはあまりおススメではない。
せめて診察室に入ってから、本人のいる前で困っていることをきちんと伝えてくれるならばまだしも、この策をとる家族の多くはトラブルを避けるため、患者の前では症状を言ってくれない。波風立てぬようとてもマイルドに表現して、アイコンタクトやジェスチャーでこちらに悟らせようとしてくる。
このとき、患者からみるとどう見えるだろうか。とくにだれも困っていないのに、そして自分だって落ち着いて話をしているのに、腰を見てもらおうと思ったら突然医者が「良く分からないけどあなたは大暴れしそうだから入院にします。家族の同意もないですが、もう入院です」なんて話になるわけだ。これは人権の問題を考えて、病院は出来ない。そうしてほしい家族の気持ちは分かるが、絶対に不可能だ。我々病院サイドには、精神保健福祉法という法律があり、人権に配慮しない入院は出来ないことになっている。
残念ながら家族だけ無傷の入院は出来ないのだ。③を選ぶならば、せめて診察室では本人を怒らせるぐらいのつもりで受診したい。目の前で怒りだせば、こちらも入院の話をすすめやすい。

④とっつかまえて連れていく

男手を確保できるならば、これが最もお勧めだ。「もう家では過ごせないから連れていきます」と本人に宣言して、両脇を抱えて車に乗せて連れてくる。そうすれば受診の日にちや時間が調整がしやすく、ベッドの空きもあらかじめ作れるため入院できる可能性がずっと高くなる。
もちろん受診の段階では大きく揉めるだろうが、「正直に理由を話して連れていく」というのは後々信頼関係という面で大きなアドバンテージとなる。認知症で忘れてしまえば関係ないが、③を行ってあとで覚えていた場合、家族の言葉は信用度がぐっと落ちる。意外と悪いことは覚えていたりするものだ。しかし③ならば、その後の立て直しをはかりやすいのだ。本人のためを思っての行動であり、隠す必要はないと私は思う。

⑤警察に頼む

③も④も難しいならこれだ。ただし警察は簡単には動いてくれず、難易度は高い
まずは何度か警察にお世話になることを繰り返そう。出来れば近所の人ともめてもらって、昼夜を問わずなんどか警察騒動になってもらうところからだ。そうすると段々警察も疲れてくる。もちろん家族はそれ以上に疲れてくるけれど。
その間に予め病院と相談できていればベターだ。「次に警察にお世話になったら、連れてきてもらうのでお願いします」なんて話を通しておこう。
そしていよいよ本人が暴れだし、何度目かの警察介入となったときがチャンスだ。しっかり暴れてくれていれば、警察は病院へ連れて行くことができる。23条通報といって、他害の恐れのある人を病院へ連れていける制度もある(これを使うかどうかは警察の判断に委ねよう)。
「何度も病院へ連れて行こうとトライしているが認知症のため必要性が本人は理解できず叶わない。病院とは連携をとっていて、警察沙汰になったら連れてきてよいと言われている。なんとか病院受診を手伝ってもらえないだろうか」この流れで、親切な警察官ならば病院へ連絡をとってくれる。一度目であきらめず、警察が疲れるまで何度も介入してもらおう。
このように、幾度となく警察のお世話になって初めてつながる道であるため、難易度は非常に高い。可能な限り、人手を集めて④にするのがおススメだ。

⑥ほかの人に受診を勧めてもらう

これは可能性は薄い話だが、本人の信頼している人に病院受診を勧めてもらう、という形で受診につながった人もいる。その人は近所の内科の医師の事だけは信頼していた。そこで家族からその内科医師に話をして、「〇〇病院へ行って物忘れの検査をしてもらいなさい」とすすめてもらったのだ。それで実際に私の勤務する精神科病院へ受診をし、検査をした。ここまでで誰も嘘をついてはおらず、信頼関係が崩れるほどの出来事は起こらない。そして、精神科医から「家族からも話を聞きましたが、物忘れが強いようなので、一度入院してしっかり検査、治療をしましょう」なんて伝えれば、あとはたとえ嫌がって暴れようとも入院まで一直線だ。なかなか信頼している人を探すのも大変だし、その人が協力してくれるかどうかも分からないが、一応この形での受診もあったので参考にしてもらいたい。


なにはともあれ、入院はベッドに空きがないと出来ない。時々家族は「床でも何でもいいからお願いします」なんて言ったりするけれど、保険診療をしている手前勝手にベッドを増やすことは出来ないのだ。「あらかじめ入院の筋を作ってから動く」。これが失敗のない道になる。